(C)2020「君が世界のはじまり」製作委員会

 毎年のように各地を襲う天災や現在進行形のコロナ禍、そしてさまざまな社会問題など、困難な出来事が続く昨今。先の見えない時代を象徴するかのように、映画界には「生きづらさ」を描く作品が次々に登場している。

 カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した『万引き家族』(18)をはじめ、最近では長澤まさみ主演の『MOTHER マザー』(20)なども注目を集めた。

 そんな状況の中、存在感を発揮しているのが松本穂香だ。現在公開中の『君が世界のはじまり』は、それぞれに悩みを抱えた高校生6人の日常を描く青春群像劇。松本演じる女子高生・縁は、優しい両親の下で暮らし、奔放(ほんぽう)な幼なじみ・琴子(中田青渚)と共に平凡な毎日を送っている。

 だが、その周囲には家庭に問題を抱えた同級生がいて、劇中では少年による父親への傷害事件が起きるなど、何とも言えない息苦しさが漂う。そんな世界を生きる縁を、松本は柔らかく、物語全体をふんわりと包み込むようなたたずまいで演じている。

 また、昨年公開された『わたしは光をにぎっている』では、地方から上京し、紆余(うよ)曲折を経て銭湯で働く主人公・澪を好演。誰も知り合いのいない土地で居場所を見つけ、自分の足で歩き始める様子を見事に体現してみせた。

 その姿は、酒に酔って愚痴を吐く銭湯の経営者・三沢(光石研)とは対照的で、静かに日々を過ごしながらも、澪はやがて三沢を上回るたくましさを身に付けていく。

 街の再開発で銭湯の閉鎖が決まった後、三沢に告げる「最後までやり切りましょう。どう終わるかって、多分大事だから。しゃんとしましょう」という力強い言葉からは、澪の成長の様子が伝わってくる。

 いずれの作品も、松本が演じているのは、生きづらい世の中を生きる女性だ。しかしその姿は、「必死さ」や「一生懸命」といった熱量のある言葉からはやや距離がある。また、バイタリティーにあふれた伝統的な青春映画の主人公や、傷つきながらもささやかな希望を見いだしていく繊細な若者とも異なる。

 そこにあるのは、自分の置かれた環境を抗うことなく受け入れる柔軟性と、決して折れない意志の強さ。松本が得意とするのは、そんなキャラクターだ。それは、出世作となったテレビドラマ「この世界の片隅に」(18)で演じた主人公すずにも通じる。

 『おいしい家族』(19)に続いて松本とは2度目のタッグとなる『君が世界のはじまり』のふくだももこ監督は、雑誌『キネマ旬報』7月下旬特別号のインタビューで、「監督が(原作)小説で書かれていた『ちっさいけど、折れなさそうな木』という表現をほうふつとさせる縁を、松本さんがいきいきと体現しています」との問いに対して、次のように答えている。

 「『折れなさそうな木』というのは、穂香ちゃんにぴったりだと思います。前作から、芯のある人だなと。それがお芝居にも出ている」と。

 これこそ、松本穂香という女優の特徴を端的に言い表した言葉だ。先の見えない時代だからこそ、生きる上で大事なのは、あふれるバイタリティーよりも、どんなことがあっても折れないしなやかさとたくましさ。それを体現している松本は、今の時代が求める女優と言えるのではないだろうか。

 その持ち味が生きるのは現代劇にとどまらない。10月16日から全国公開される『みをつくし料理帖』では、江戸時代に女性でありながら料理人として生きる主人公・澪(『わたしは光をにぎっている』の主人公と同名なのは、偶然にしても出来過ぎの感がある)を演じている。時代が求める女優・松本穂香の活躍に、今後も期待したい。(井上健一)