【広島⇔東京発】新型コロナウイルスによる感染拡大は、仕事や生活にさまざまな変化をもたらした。『千人回峰』も然り。本連載も初のオンライン取材となった。「人とはなんぞや」を千の人に会うことで探求している千人回峰は、対面インタビューを基本としてきた。いざ顔を突き合わせて向かい合うと、初対面は当然のこと、既知の相手であっても相当な緊張感が湧いて出る。そこから生まれる“気”のようなぶつかりから「人」が現れ「解」が生まれるのだが、果たして今回は――。

(本紙主幹・奥田喜久男)

取材・執筆からレイアウト

すべて手掛けた206ページの本

最初に、三保さんが2015年に出版された『広島モーターサイクルレース全史』についてうかがいます。A4判ハードカバーで全206ページ。堂々たる1冊です。

大正時代から2014年まで、広島県で開催されたオートバイレース史を中心にまとめました。当時の写真や資料、レースに出場された方へのインタビューなどを網羅しています。

三保さんご自身もオートバイに乗っておられたのですか。

はい。モトクロスをやっていて、17台のバイクを乗り継いで20年間アマチュアレースに参戦していました。レースを通じて親しくなった仲間もたくさんいて、年4回レースイベントも開催していました。

本をつくられることになったきっかけは?

レース仲間から「これまでのレースの記録をまとめてくれないか」と、依頼がありまして。

制作する上で、何か伝手とかお持ちだったんですか。

いえ。特にはありませんでした。どうやって切り崩そうかと思案の結果、学生時代からお世話になっていて、オートバイレースの師匠でもあるバイクショップ数軒に取材をさせていただくことから始めました。

その後はどう進められたのでしょう。

ショップの方から取材すべき人を紹介してもらいました。で、また次の取材先で紹介してもらってを繰り返しました。そうして全体のアウトラインを描きつつ、それに沿って肉付けのための取材と資料集めに奔走しました。友人の伝手や協力を得ながら、執筆と同時進行でした。

本の構成を決める、取材に行く、原稿を書く、資料を集める。三保さんがすべてを担当されたわけですね。それは大変だ。

大変なこともありましたが、取材を進めるうちにどんどん深みにはまって、途中からは「これはワシにしか書けん!」と思うようになりました(笑)。

最も苦労された点はどこですか。

原稿ができあがって資料も揃ったところで、自費出版を請け負ってくれる出版社を探しました。ようやく見つかったのですが、担当の方にオートバイレースの経験がなくて、編集やレイアウト作業が非常に難航しましたね。

レース経験があるとないでは、やはり違いますか。

そうですね。せっかく提供していただいた資料も、その重要性をなかなか理解してもらえませんでした。なので、私が1ページごとのレイアウトをメールやSNSで細かく指示を出し、最終的に確認するという形で仕上げました。編集者の方には大きな負担をおかけしました。

完成までにどのくらいの時間を費やされたのでしょうか。

3年くらいですね。

ALS発症後に取り組んだ

本の制作

最も工夫された点はどこでしょう。

巻末資料として掲載した各レースのリザルト(結果)です。述べ1万8000人の方を掲載しています。記録の残っている分すべて掲載することにより、勝者だけが注目されがちな競技の参加者全員に、スポットライトを当てるように努めました。

参加者全員にスポットライトを当てるとは、どういう意味ですか。

僕がアマチュアで大した成績を残せなかったのもありますが、レース中は全員が渾身の力で走っているんです。レースは一人では出来ないですよね。最下位の人がいるから一位の人もいることをみんなに知ってもらいたいのです。

自慢したい点は?

編集者さんからの提案で、自費出版本のコンクールに応募して賞をいただきました。

何というコンクールですか。

NPO法人日本自費出版ネットワークが主宰している「日本自費出版文化賞」です。私が受賞したのは第19回の開催。応募総数512点の中から入選しました。現在も広島県立図書館など、公立図書館のモータースポーツのコーナーに蔵書されています。

制作した甲斐がありましたね。ところで、三保さんが筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症されたのはいつのことでしたか。

2010年です。43歳の時でした。

ということは、『広島モーターサイクルレース全史』は、ALSを発症されてからの取り組みですよね。

そうです。実はALSであることを仲間に告げた翌週に、本の制作を依頼されたんです。定例の会合で「三保に頼みがある」と切り出されて。

……よく引き受けられましたね。

もともと歴史好きでとりわけ郷土史に興味があったんです。お話ししたようにレースも大好きでしたから、躊躇はありませんでした。ただ、当時は病状の進行期と重なったこともあって、「この本は自分の人生の総決算だ」として取り組んでいたところもありました。

貴書を拝読した時、「これは偉業だ」と思ったんです。人は覚悟して努力すると「ここまでの力が出せるのだ」と感動しました。実は、今回の取材の動機はこの1冊が持つ価値に心を動かされたことにあります。

そうでしたか。ありがとうございます。ただ、取り組み始めた時は確かにそう考えていたのですが、その後、少し思いが変わりまして。

どういうことでしょう。

本の制作を進めている途中、2016年に人工呼吸器を装着したんですが、これが思いのほか快適で。いろいろなことが楽しめるようにもなったんです。なので『広島モーターサイクルレース全史』は力を注いだ1冊には違いないけれど、過去の仕事の一部となりました。

人生の総決算という位置づけではなくて。

はい。仕事という面から見ると今のほうがより多く社会的な仕事に関わることができていますし。ただ、病状が進む中、取材や執筆に熱中したことはとてもよかったと思っています。そちらに全力を傾けることでALSであることを忘れられたような気もしますから。(つづく)

三保家で二番目に大切な

チワワのハレくん

一番大切な娘さんとのツーショット。奥様が「ハレくん、父さんは?」と尋ねると、すぐさま三保さんに駆け寄るのだそう。「父さんは身体は動かず声も機械っぽいけど、自分のことを愛してくれている、と思っているようです」と、三保さん。

『広島モーターサイクルレース全史』

20世紀初頭から2014年まで西日本で開催されたレース史を中心に、出場者へのインタビューなど全10章で構成。オートレースからロードレース、モトクロスなど多岐に渡るレースを三保さんの視点で詳細に解説。広島のみならず国内のモーターサイクルレースについても貴重な写真や資料なども豊富に収録されており、発売当時、各オートバイ誌や二輪関連の協会などで一斉に取り上げられた。なお、本書の原稿はすべて三保さんが視線入力装置を使って入力した。

心に響く人生の匠たち

「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。