織田信長役の染谷将太

 2月7日の最終回に向け、見逃せない展開が続くNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」。戦国武将・明智光秀(長谷川博己)の生涯を描く本作で、欠かすことのできない存在が織田信長だ。その信長を、これまでとは一味違った人物として見事に演じているのが、作品ごとに多彩な表情を見せる若き名優・染谷将太。1年以上に及ぶ熱演の舞台裏や、クライマックスとなる本能寺の変に向けた意気込みを語ってくれた。

-オファーを受けたときの気持ちは?

 本当に驚きました。なぜ自分なのかと。体も小柄ですし、そんなにドスの利いた男でもありませんから(笑)。ただ、お話を伺い、台本を読ませていただいたところ、「今まで見たことのない信長だな」という印象を受け、「なるほど」と。ものすごく純粋で、ものすごく真っすぐなんだけど、周りから見るとズレている。ある種、とても現代的だけど、外れすぎていることもなく、正真正銘の信長だと思えたんです。だから、これを演じられることが、ものすごくうれしかったです。それと同時に、「これをちゃんと全うしなければ…」という責任感も湧いてきました。

-演じる上で心掛けていることは?

 最初の頃は、台本に書かれていることを、必死に演じることだけを意識していました。長く携わってきて、今では信長を演じることが生活の一部になっているので、その時間の中で、どんどん熟していき、勝手に成長している感じがすごくあります。最近は、気付くと声も低くなっていたり…。

-そうすると、迫力のある表情や声の出し方は、自然に出来上がった感じでしょうか。

 現場でお芝居をしていると、ふとしたときに自分も知らなかった信長が出てきたりするんです。演出の皆さんも、「いかにこのシーンを面白くするか」と常に考えていらっしゃって、「こうしてみたら面白いかも」、「こういうことをやってみたら?」と、たくさんの新しい引き出しを教えてくれます。その通りにやってみると、面白い現象が起きる…ということの連続です。

-なるほど。

 しかも、信長はせりふも多いんですよね。僕は今までそれほどせりふの多い役をやったことがないので、今回はしゃべる時間が長いせいか、頭の中で信長の言葉がずっとグルグル回っていて。せりふを覚えるのも、徐々に早くなってきましたし。そういうことを経験するうちに、「信長の流れが自分の中に時間をかけて落ちてきているのかな…」とも思うようになりました。今まで経験したことのない感覚です。とは言っても、「家に帰っても信長」というわけではありません(笑)。

-感情表現が豊かなのも、信長の魅力ですね。

 感情の波が激しいのが、この信長の面白いところです。激怒していたかと思ったら、急にご機嫌になったり、ご機嫌だと思っていたら、泣き出したり、泣いていたと思ったら、喜んだり…。目まぐるしく変わります。演出の方々が口をそろえておっしゃるのは、「ワンシーンの中に、喜怒哀楽いろんな感情が詰まっているようにしたい」ということ。ですから、ワンシーンの中に、幾つものシーンがあるぐらいの感情の起伏の激しさを心掛けています。

-そのお芝居の手応えは?

 とてもトリッキーですが、毎日、刺激的で楽しいです。金ヶ崎の戦で退却する際、独りで号泣する場面(第三十一回「逃げよ信長」)では、泣き出すところから泣き終わるまで一連で撮ったのですが、若干、酸欠になって意識を失いかけたこともありました(笑)。ある種、この信長は自分の感情がコントロールできていない人間です。その感情の波が、クライマックスに向かってどう変化していくのか。その流れで光秀と対峙(たいじ)していったとき、果たしてどういう現象が生まれるのか。想像できないくらい壮大なものになるんじゃないかと期待しています。

-そういう意味では、信長と光秀の関係をどんなふうに捉えていますか。

 信長は、光秀のことが最初から大好きです。頼りになるし、妻の帰蝶(川口春奈)と光秀がいるから、初めて自分がその場にいることができる。そういう存在ですから。一方の光秀は、いい意味で一定の距離を保ちつつ、言うことは的確に言ってくれる。信長にとっても、光秀から言われたことをやってみると、全てがうまくいくという最高の家臣。ただ、信長は「相手が自分をどう見ているか」ということをあまり気にしない人間なので、その思いは一方通行です。だから、「当然、おまえも俺のこと、好きだろう?」と思っている。それが次第に、そう単純な話ではなくなっていくのですが…。

-その点では、上洛直後に信長が「わしの家臣にならんか?」と光秀を誘って断られたときや、比叡山焼き討ちの際、光秀が「女、子どもは逃がしました」と命令に逆らったことを告白した際など、冷めた表情を見せる瞬間がありました。そこに、信長の怖さが潜んでいるようにも見えましたが。

 見ている方には、いろんな感じ方をしていただきたいのですが、演じる側としては、単純にすねているつもりです(笑)。そのすね方として、「すん…」という感じになっていたんですよね。あのときはまだ、「光秀に何か言われてキレる」ということを、どう表現していいのか分からず、すねてしまって何も言えない、みたいな状態だったので。だけど、そこからだんだん変わっていき、もっと激しく、嫌なすね方になっていきます。「こんな上司、本当に嫌!」という感じで(笑)。

-本能寺の変に向けて、その辺が芝居的な伏線にもなっていくと?

 そうですね。

-先ほど「新しい引き出し」というお話もありましたが、信長役を通して、俳優として得たものは?

 こんなに長い時間、一つの役に取り組むのは初めてです。一人の人生を演じ切ることも、これまでにない経験です。その上で、「麒麟がくる」の織田信長という面白い人物を、皆さんと一緒に構築していく。この経験は、自分にとってものすごい宝だと思っています。こんなにじっくり役を作り上げることは、なかなかできませんから。

-光秀役・長谷川さんの印象は?

 自分の中では、現場の空気の軸だと思っています。皆さんで芝居を組み立てていくときも常に冷静なので、自分も冷静でいられますし、どこか全体を客観視されているところもあるので、見守られている空気を感じます。だから自分は、その中で思いっきり暴れることができる。そういう安心感があります。

-クライマックスとなる本能寺の変については、どんなふうに臨むつもりでしょうか。

 最初から最後まで変わらなかった人、というふうにしたいと思っています。「本能寺の変だから」と変に意気込むことなく、ブレずに、今までの信長で挑みたいなと。光秀との関係性も、友情を含めてどんどん構築されていくので、どう盛り上がり、どんな切ない場面になるのか。自分自身とても楽しみにしています。

(取材・文/井上健一)