「痴漢」と聞くと、どんな人物を思い浮かべますか?
異性から気持ち悪がられるタイプの人、異性と縁遠いあまりに性欲を抑えられなくなった人、変態etc.――ここではわかりやすいように「普通」という、取り扱いが難しい表現をあえて用いますが、「普通ではない人」を連想する方は多いのではないでしょうか。
しかし、痴漢のリアルな実態は違います。
痴漢の多くは、「四大卒で会社勤めをする、働きざかりの既婚者男性」と解説するのは、『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を上梓した、精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳さん。痴漢をはじめとした性犯罪の“加害者”と向き合い、治療に携わる依存症・加害者臨床の専門家として活躍しています。
さらに、斉藤さんは本書で、「痴漢は、依存症」「痴漢の多くは、勃起していない」「痴漢の多くは、よき家庭人である」などとも書いています。
痴漢=異常な人、と思っている方にとっては、「?」と感じる部分が多いかもしれません。なぜ、いわゆる「普通の男性」の一部が痴漢になるのか。彼らを痴漢に変える引き金は何なのか。斉藤さんに話を伺いました。
私たちが「痴漢=普通じゃない人」と思い込んでしまう理由
世間一般的に、痴漢=非モテ男性、性欲過多の未婚男性、といったイメージが浸透している感があります。一方、斉藤さんが向き合う痴漢加害者たちは、前出のように、そんな人物像とはかけ離れています。
なぜ、ここにズレが生じるのでしょうか。
「まず、数字に表れる痴漢行為は氷山の一角に過ぎないことが挙げられます。警視庁が2010年、16歳以上の女性2221人を対象に調査したところ、被害女性の9割近くが警察に通報・相談していない、という状況が明らかになりました。これは、痴漢の認知件数は現実と大きく乖離している、といえます」(斉藤さん)
警視庁が2016年に東京都内で発生した性犯罪(強姦・強制わいせつ・痴漢)についてまとめたサイト「こんな時間、場所がねらわれる」では、「平成28年中(中略)痴漢(迷惑防止条例違反)は約1800件、発生しました」とのこと。
こちらのデータを真に受けると、総人口が1300万人超の大都会・東京で発生している痴漢行為は1日約5件となります。この数字からは、被害者が泣き寝入りした結果、明るみに出ていない痴漢被害が相当数あることが考えられます。
さらに斉藤さんは続けます。
「日本では古くから痴漢が社会問題となっているにもかかわらず、ほとんど対策が取られていませんし、研究も進んでいません。全国の各地で多くの被害者を出している性犯罪であるのに、重要視されていないのは、痴漢被害を軽視する傾向があるからです。
『お尻を触られたぐらいで減るもんじゃない』『いちいち騒ぐほどのことではない』といった不合理な言説はよく見聞きしますが、その考え方は痴漢という加害行為に加担するに等しいともいえます」(斉藤さん)
痴漢被害を軽度なものとして扱うことで、被害実態が表に出てきづらい現状がある。それゆえ痴漢の多くが逮捕されず、野放しにされたまま。彼らの実態は知られることなく、一向にその被害が減らない……そんな悪循環が今もなお続いているのです。