「ストレス対処法」に痴漢行為を選ぶ人たち
それにしても、なぜ普通といわれる人が痴漢になるのでしょうか。
斉藤さんは、「彼らは社会のなかで、自ら痴漢になる」と言います。背景には、反復する痴漢行為=依存症の一種、と捉える考え方があります。
実際に、斉藤さんの所属する榎本クリニックでは、痴漢行為を繰り返した末に来院する痴漢加害者を、「強迫的性行動がコントロールできない、性依存症患者」として対応しています。
「“失業してしまった”、“大切な人を失った”、“人間関係がうまくいかない”など、ライフサイクルの中で誰でも経験する出来事をきっかけに依存症に陥る人は少なくありません。普通の人でも無縁とは言えないのが依存症なのです」(斉藤さん)
何かが自分の思い通りにいかない――それはストレスへと変わります。しかし、なにかとストレスの多い現代社会を生きる人は皆、ストレスとそれなりに折り合いをつけて、うまく発散する術を見つけ、生きていかなければなりません。
例えばカラオケやスポーツ観戦、食べ歩きなど、多くの人は自分なりに、誰にも迷惑をかけないストレス対処法を持っています。一方、痴漢は、生活サイクルの中で痴漢行為を環境への適応行動としてのストレス対処法に選んでいる、と斉藤さんは指摘します。
ストレスが溜まったから痴漢をする、とは、痴漢をしない者にとって理解に苦しむ考え方ですが、痴漢加害者からはこんな声が挙がったといいます。
・日ごろから仕事に強いストレスを感じていて、忙しさがピークに達する時期に決まって痴漢行為に及んでしまう
・上司から叱責された日には必ず、帰りの電車内で痴漢行為に及んでいる
・よき夫、父としてふるまっているが、妻のほうが立場が上であることに常時ストレスを感じ、通勤電車内で痴漢行為を繰り返してしまう
「痴漢には勤勉な人物が多いです。ストレスを抱えながらも熱心に仕事に取り組む真面目な人が少なくありません。一方で、過度な劣等感を抱いていたり、自己肯定感が低かったりするのも特徴。それゆえ多くの時間を過ごす職場内でも人付き合いに不器用な面もあり、さらに自己評価を下げてしまう。
そんななかでストレスや不安を抱えた状態を打破しようとなると、努力して立ち向かうか、背を向けて逃げ出すかといった選択肢がありますが、彼らの場合は痴漢行為というかたちで表出し、その蓄積したストレスに対処している、というわけです」(斉藤さん)
極端な話、誰でも痴漢になる可能性がある
斉藤さんが語る痴漢加害者のリアルな姿からは、生きづらさを感じていたり、ストレス耐性が低かったりする人物像が浮き彫りになります。また、弱いものをいじめることで優越感や安心感を得るという「痴漢パーソナリティ」が明らかになりました。
「生きづらさとは、社会や制度によって強いられることから生じる困難です。生きづらさが多いほど、ストレスも募ります。
とくにコミュニケーション能力が比較的高く、他者との関わりのなかでストレスをこまめに発散するスキルが身についている女性と比べて、男性はストレスを溜め込みやすく、他者に相談するスキルが育っていない傾向があります。
人とのつながりも希薄で、孤独感が増していく悪循環も。本人がつらさを感じていることは理解できますが、だからといって痴漢行為によって弱いもの(女性・子ども)を攻撃し、尊厳を傷つけることで自らの優位性を確認する行為は決して許されることではありません」(斉藤さん)
生まれながらの痴漢などは存在せず、社会の中で痴漢になってしまう者がいる。痴漢を含む性犯罪やDVをはじめとする加害者臨床実践や研究のパイオニアである斉藤さんの言葉には、大きな説得力がありました。
つまりは、誰でも過度なストレスを引き金に、痴漢になる可能性があるということ。痴漢は決して他人事ではなく、自分とは縁がない話と片付けられるものではないということ。男性自身が自らの加害者性を認め、その弱さを言語化していくこと。
斉藤さんの『男が痴漢になる理由』は、誰もが痴漢問題にしっかりと目を向け、正確な実態から考える必要があると感じさせられる1冊となるはずです。
■取材協力:斉藤章佳さん
精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまなアディクション問題に携わる。
その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著書に『性依存症の治療』(金剛出版)『性依存症のリアル』(金剛出版)があり、今回日本初の痴漢の実態を明らかにした専門書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を発刊した。