NHKで好評放送中の大河ドラマ「青天を衝け」。前回で主人公・渋沢栄一(吉沢亮)の故郷・血洗島を主な舞台にした「血洗島・青春編」が終了し、5月9日放送の第十三回から新たに「一橋家臣編」がスタートする。栄一はこれからどうなっていくのか。チーフ演出を務める黒崎博氏が、今後の見どころや撮影の裏話を語ってくれた。
-次回から「一橋家臣編」がスタートしますが、栄一はこれからどうなっていくのでしょうか。
今までは、栄一の人としての根っこの部分を大事に描こうと思っていたので、ピュアな部分を少年時代から丁寧に見せてきたつもりです。でもこれからは、どんどん人生のステージが変わり、栄一の周りにも続々と新たな人たちが現れます。その中には「誰かを斬って、国を変える」という負のエネルギーをまとった人たちもたくさんいます。ただそれでも、栄一の根っこの部分は、基本的には変わりません。この先は、そういう負のエネルギーで「国を動かそう」、「人を引っ張っていこう」ということはなくなると思います。
-というと?
平岡円四郎(堤真一)が口癖のように「おかしれえ」と言っていますが、栄一は死ぬまで、その「おかしれえ」方の道を選んでいった人なのかなと。そういう意味で、この「おかしれえ」という言葉は、最後までキーワードになっていくと思います。
-前回、栄一は「命を捨てても、世の中を変える」という考えを捨てましたが、栄一にとっての「命の重さ」を、どのように考えていますか。
幕末や武士を題材にした場合、「いかに美しく死ぬか」という美学が描かれることが少なくありません。日本人の人生観の中に、そんなふうに死を美化するヒロイズムのような考え方は確かにありますし、それを否定するつもりもありません。ただ、今回の主人公の渋沢栄一さんは、91歳まで生きた人。その生涯を考えた場合、若い頃は「命を投げ打つ」という考えに取りつかれた時期があったとしても、それを最後まで貫いたとは思えないんです。ある時点で、「最後まで生きなければ駄目だ。生きてこの国のために、世界のために何かをなさないと意味がない」と悟ったのではないかと。
-なるほど。
もしかすると、そういう考え方は、当時としては珍しかったのかもしれませんが…。そういう意味では、「死ぬ美学」ではなく「どんなにみっともなくても、生きる」ということを、これから最終話までのテーマとして貫いていきたいと思っています。この点に関しては、脚本家の大森美香さんも含め、みんなで意思統一し、最後までブレずに描いていくつもりです。
-ところで、「血洗島・青春編」では、広大なロケーションと美しい風景が印象的でした。
僕自身、あの血洗島の風景が大好きになったので、ご覧いただく皆さんにも「いい景色だな」と感じていただければ…と思いながら撮っていました。もともと、あの場所は木が一本とちょっとした畑がある程度で、ほぼ荒れ地だったんです。それを、ロケハン担当の制作チームが頑張って見つけてきて、「ここに主人公の家が建っていたらすてきだよね」「ここに道があったらいいよね」とみんなでアイデアを出し合って作り上げたんです。おかげで、物語に欠かせない原風景になってくれました。
-チームワークのたまものですね。
しかも、あの畑の作物は、僕が「ああしてほしい、こうしてほしい」と細かく注文を出したわけではなく、「この季節にロケをするなら、藍が豊かに茂っていた方がきれいだろうな」と考えた制作チームが、自分たちで耕し、藍を植え、手作業で作ってくれたものなんです。だから、それだけは力を込めて言っておきたいです(笑)。物語上では、栄一や村人たちが心を込めて作った畑ということになっていますが、そういう温かさみたいなものが伝われば…と。8月頃の放送では今までとは違う花が咲くなど、景色も変わってきますので、作りものではない自然の風景をぜひ楽しんでください。
-案内役を務める徳川家康に対する反響はいかがでしょうか。
僕たちは「家康コーナー」と呼んでいますが、とっぴな仕掛けでもあるので、最初はどんなふうに受け止めていただけるのか、ドキドキしていたんです。でも、始まってみると、皆さんから「面白い」「家康さんが解説してくれるので、分かりやすい」と好評だったので、とてもうれしく、ありがたいと思っています。
-家康を演じる北大路欣也さんの様子は?
最初に僕の演出プランを聞いたときは、「どうなるんだろう?」と、よく分からない部分もあったのではないかと思います。でも、「引き受けた以上はしっかりやりますから、何でも言ってください」とおっしゃっていただき、あのようなシーンが出来上がりました。放送が始まって一番うれしかったのは、大きな反響を頂いたことを北大路さんが「楽しい、楽しい」と喜んでくださったことです。今では「次は何をやればいいの?」と毎回、楽しみにしてくださっているようです。
-江戸幕府崩壊後も、家康は登場するのでしょうか。
最初に「家康を出そう」と提案したのは脚本家の大森さんですが、この先どうするかは、大森さんも含め、みんなで考えているところです。
-どういうことでしょうか。
最初は、江戸幕府を開いた人なので、江戸時代を俯瞰してもらって…と考えていたんです。でも、北大路さんご自身も、劇中の家康さん自身も、次第にそういう立場を超え、誰かが矛盾したことを言っていると腹を立てるなど、感情が出てくるようになり、いつの間にか物語を見守る人になってきている気がします。となると、江戸幕府が終わったら出る理由がないのかというと、そんなことはないのかもしれない…と。僕としては、ぜひ栄一を最後まで見守ってほしいと思っています。ただ、それはとても難しく、「どうしたらいんだろう?」と頭を痛めているところです(笑)。
-最後に、今後の見どころを。
栄一は、間もなく徳川慶喜(草なぎ剛)と出会い、生涯、深い友情で結ばれて行くことになります。かたや農民出身の栄一と、かたや将軍にもなろうかという地位にある慶喜。まったく縁のないこの2人が、どんなふうに出会うのか。まずはそれを楽しんでいただければ。その後も、栄一の人生のステージは目まぐるしく変わっていきます。その驚くべき人生の物語を、ぜひお楽しみください。
(取材・文/井上健一)