撮影:石阪大輔

渡辺謙主演の舞台『ピサロ』で、将軍ピサロが立ち向かうインカ王アタウアルパを演じる宮沢氷魚。昨年、新生PARCO劇場のオープニング・シリーズを飾りながら、コロナ禍の影響によって10回だけで中止となってしまったこの作品の再上演に、どんな思いで向き合おうとしているのか。そして、あの気品に満ちた王は今度はどんな姿で立ち現れるのか。意欲あふれる宮沢の声を聞いた。

昨年、公演が中断したときから宮沢は希望を持って過ごしていたという。「というのも、中止が決まったその日に謙さんが、『またやるぞ!』とおっしゃったので、謙さんが言うんだから間違いないと思っていたんです(笑)」。それでもそれが現実となったことには改めて喜びを感じずにはいられない。「やはり『ピサロ』には、始まったものが終えられずにそのまま止まっているという感覚があって。もっと多くの人に観ていただきたい作品だと思うので、再びチャンスを与えていただいた幸せを1回1回噛み締めながら、今度こそ最後まで走り抜けられればなと思っています」。

アタウアルパという役に再び挑むにあたっての思いもひとしおだ。「謙さんが演じるピサロに対抗する重要な役なので、昨年はとてつもないプレッシャーのなかでこの役と向き合っていて。たぶん毎公演、精神的にも体力的にも100%に近いエネルギーを出して、一瞬一瞬に集中していたと思うんです。だから意外と、自分がやっていたことを覚えていないんですけど(笑)。今回はやっぱりそこを超えていかないといけないですし。作品の軸となる人物であるだけに、その幹をさらに太くしていかなければいけないと思っています」。具体的には、昨年は足に重りを付けてどっしりとした存在感を出す工夫をしたそうだ。「上半身で呼吸をして声を出すと弱い王に見えてしまうので、重心を下げて地面からエネルギーをもらうように呼吸することを意識したんですけど。今回はその感覚を稽古序盤から身につけたいなと思っているんです」。

世界の状況が一変したこの1年。「アメリカで起こっているアジアンヘイトなど、ますます差別と分断が深まっている今、スペイン兵のインカ帝国の征服を描いている『ピサロ』という作品は、改めていろんなことを感じさせてくれると思います」と宮沢。愚かなことを繰り返す人間たちのなかで美しく強く生きようとする宮沢氷魚の王の姿は、この困難な道を照らす光となるに違いない。
公演は5月15日(土)から6月6日(日)まで東京・PARCO劇場にて。チケット好評発売中。

取材・文:大内弓子