撮影:岩田えり

日本で一番上演されている戯曲と言われている、清水邦夫の『楽屋―流れ去るものはやがてなつかしき―』。舞台に魅せられた女優たちの姿を描き、女優という存在の“業”の深さを浮き彫りにするこの戯曲は多くの演劇人たちの心を掴み、これまでも数多の名優たちが演じてきている。6月9日、東京・博品館劇場で開幕した『楽屋』には、彩吹真央、大月さゆ、小野妃香里、木村花代が出演。主にミュージカルの舞台で活躍する彼女らが今回、真正面から会話劇に挑んでいる。本作の初日公演をレポートする。

場所はチェーホフの『かもめ』を上演中の劇場、ヒロイン・ニーナ役の女優Cの楽屋。そこで女優Aと女優Bがダラダラと喋っている。会話からふたりはすでにこの世のものではない――幽霊のような存在であることがわかるのだが、Aに扮する小野、Bに扮する大月の絶妙に力の抜けた感じが面白く、客席からは絶えず笑いが起こる。AとBはお互い当てこすりや嫌味などを口にし、そのバトルのような会話をパワフルに見せるカンパニーも多いが、小野と大月はドライで妙に男前。だからこそたまに見せる少しの気弱さが可愛らしい。彼女たちが非常に身近で、愛すべき存在として感じられる。

女優Cを演じるのは彩吹。美しい舞台姿で、ヒロインを演じている女優らしい華やかさ。元宝塚スターの彩吹ならではの説得力だ。ただどこか生真面目そうに見えるのは彩吹本人の個性か。A、Bよりはるかに恵まれた環境であるはずなのに、女優業に必死にしがみついているように見えるのが面白い。噛みしめるように語る長い独白も圧巻だった。Cに役を譲れと迫る若手女優Dは木村。枕を腕に抱え、腹の底の読めない不気味さをおっとりとした口調で上手く醸し出す一方、『かもめ』の一節を演じるシーンの迫力が素晴らしかった。ドラマチックな演出効果と相まって、彼女ならニーナ役を奪いかねない、と思わせる美しさ。木村のこのシーンに限らず、今回の『楽屋』は劇中劇部分にリアリティがあって見ごたえがある。

演出は文学座の稲葉賀恵。もともと面白さに定評のある戯曲に真正面から挑み、さらに演じる女優たちの個性を役に上手く投影し“素材を最大限に活かした”といった演出がうまくハマった。セットもあまり奇をてらわず、楽屋らしい雑多な小道具が配置されたステージは、“まっとうな楽屋”という作り。だが、おそらく舞台へと繋がる動線が橋掛かりのようになっており、全体を眺めると能舞台のようにも見える。生と死が溶け合うこの楽屋は、さながら夢幻能か。幽玄の世界で、舞台に命をかけた女優たちの純粋な魂が輝いている。

公演は6月13日(日)まで。チケットぴあでは各公演開演30分前まで当日引換券を発売中。また6月13日(日)18:00公演はPIA LIVE STREAMでの生配信(アーカイブ付)も決定。視聴券は発売中。

取材・文:平野祥恵