今年7月にAppleオンラインストアでiPod nanoとiPod shuffleの販売が終了した。iPod touchは残るものの、Appleは、音楽再生に特化した携帯オーディオに見切りをつけた格好だ。国内では、ほぼソニーのウォークマンの独占市場となる。ソニーは、競合の撤退をどう受け止め、そして今後の市場をどうとらえているのか。


取材/道越 一郎、文・写真/細田 立圭志

ソニーマーケティング ソニーマーケティングジャパン プロダクツビジネス本部 モバイルエンタテインメントプロダクツビジネス部 モバイルエンタテインメントプロダクツMK課の伊勢由樹統括課長(写真中央)、林賢司マーケティングマネジャー(写真左)、山本美貴子マーケティングマネジャーの3名に聞いた。

「音楽市場」は膨らんでいる

―― 家電量販店やネットショップなどの実売データを集計した「BCNランキング」では、携帯オーディオ市場はかなり縮小しています。2007年を100とした指数でみると、販売台数は、11年下期から毎年、二ケタ割れに近い状況が続いています。スマートフォン(スマホ)で音楽を楽しむ傾向が強まっているのが大きな要因です。音楽を楽しむ専用機としての携帯オーディオ市場は、ハイレゾに力を入れるなど、以前と比べて構造が随分と様変わりしたのではないでしょうか。

伊勢 デバイスの変遷はいろいろありますが、音楽市場自体はどうなのかととらえた際、われわれの調査では2017年は前年比110%になると予想しています。DMP(デジタルミュージックプレイヤー)市場は確かに縮小していますが、スマートフォンは増えていて、両方を足して保有台数は4041万台になると予想します。

これは、1年以内に新曲の購入やネット視聴、音楽イベントの参加、カラオケで歌うなど、なにかしら音楽に対価を支払ったアクティブユーザーの保有台数です。また別の角度からみても、ハイレゾオーディオのハードの実売金額は前年比108%、ハイレゾ音源の楽曲数は178%、ワイヤレスヘッドホンの金額は142%など「音楽市場」は膨らんでいます。スマホで音楽を聴く人もいますが、専用機でいい音で聴きたいという人も増えているのです。

―― Bluetooth接続のワイヤレスだと、昔は音質が悪いといわれていましたが、今では随分とよくなっているようですね。

伊勢 ウォークマンはBluetoothによるワイヤレス音楽再生をハイレゾ相当で楽しめるLDACという規格に対応しています。スマートフォンでもLDAC対応機種が増えているので、お客様がハイレゾ音源をワイヤレスで聴く環境も整ってきています。ワイヤレスのスピーカーやヘッドセット、ヘッドホン市場も拡大しています。

―― ただ、いわゆる携帯オーディオというカテゴリだけで見ればシュリンクしています。ソニーのウォークマンでみたときに、前年比はどうなのでしょう。

林 市場全体は過去のトレンドを見ても、前年比の落ち具合は年々改善されています。もちろん今年はAppleのラインアップ整理もあったので、改善傾向は悪化しますが、それはAppleの商品の減少分としかとらえてなく、来年以降は縮小傾向が改善され、どこかでブレイクイーブンポイントが来ると考えています。どれだけ早められるかは、われわれの頑張り次第です。

伊勢 ウォークマンも8掛けは脱して、100%を超える月もあります。コンスタントに100%超えを狙っていくことに変わりはないですね。

カジュアルなファッションからもアプローチ

―― スマートフォンなど、ユーザーが音楽を楽しむ形態のバリエーションは広がっています。カメラと同じように、専用機はナローパスの難しい商品戦略だと思いますが、気軽に音楽を聴くユーザーをどのように取り込んでいきますか。

伊勢 ある年齢でユーザーがスマホを手にするのは事実ですし、スマホからウォークマンに強引にスイッチさせようとは考えていません。スマホはプラットフォームに近いデバイスなので、スマホと対峙するのではなく、スマホを持つ価値とウォークマンを持つ価値を、しっかりとコト軸でお客様に提案していくことが大事です。専用機ならではの音づくりと、ヘッドホンの利便性を組み合わせることで、ユーザーとウォークマンが寄り添える価値はあると考えています。

―― 私は音にすごく敏感というわけではなく、一般的なユーザーに近い耳の持ち主なので「イイ音」を聞き分けるのは、なかなか難しいと感じています。よくよく聞けば音の違いがわかるかもしれませんが、パッと聞いただけではわからない一般的なユーザーに、どうすれば「イイ音」を感じてもらえるのでしょうか。

伊勢 確かに音楽への熱量の高いお客様にいい音を届けるのはわかりやすいですよね。そこはアーティストを抱えているソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)もあるので、従来と変わらずに作り手のところから、音へのこだわりを伝えていきます。しかし、今年チャレンジしていることのひとつが、熱量の高いお客様だけはなく、多面的なアプローチに取り組んでいます。

―― どのような取り組みですか。

山本 例えば、熱量の高いWM1シリーズのユーザー向けには、「フラグシップラウンジ」という場で座談会を開催したり、濃いお客様と濃くつながるために定期的にメール配信をして、全国各地の体験会や雑誌に掲載された情報などを提供しています。特にZX300は、設計者の熱い思いを聞きたいユーザーもいるので、開発者のトークインタビューなどで濃いつながりを提供しています。

一方で、もう少しカジュアルなお客様向けの用途提案を行っています。Wシリーズはその真骨頂といえる機種で、ヘッドホン一体型ウォークマンとしてスポーツしながら音楽を聴くスタイルを追求して、スマホにはできないフィット感を実現しています。スポーツ選手や日本ランニング協会との協賛を通じて、ランニングイベントに参加する方たちにWシリーズを装着してもらって、音楽を聴きながら隣の人と話せる「外音取り込み機能」を体感してもらったりして、走りながら音楽を聴く楽しさを実感していただきました。

今秋は、ワイヤレスヘッドホンに興味のある方が増えているので、ヘッドホンとファッションの軸からウォークマンを提案する手法を取り入れました。例えば、Aシリーズは、ヘッドホンをファッションアイテムとして扱い、ウォークマンとカラーを合わせています。カジュアルなファッションから入っていただくために、モデルが装着している様子を電子書籍で紹介したりしています。スマホでもいい音を聴きたい方が、ヘッドホンから入って専用機のウォークマンに関心を持つという流れも生まれています。

―― Aシリーズのカラーバリエーションは、これまでにない落ち着いた色合いですね。

伊勢 世の中の空気感をリードしている30歳前後のミレニアル世代のど真ん中のカラーが、ヘッドセットのh.earとウォークマンのAシリーズなのです。このように、従来の熱量の高いユーザー層から少し領域を広げる活動をしています。カテゴリがレガシーなのはわかっていますが、音楽はお客様の生活に密着して切り離せないものなので、どういうシーンで音楽が出現しているかという原点に立ち返っていろんな試みをしています。

―― オーディオや音楽好きが投資するのはわかりますし、その方たちに向けての製品開発は確かにアリだと思います。しかしそれだけでは、マーケットは限定的です。市場を反転拡大させるためには、もっとカジュアルに音楽を楽しむ層にウォークマンの良さ、楽しさを認知してもらうことが欠かせません。しかもすでにスマホで音楽を楽しんでいるかもしれない層に向けて、スマホとは違う、専用機ならではの新しい使い方を提案する必要があります。

店頭でApple製品ユーザーの取り込み策も

伊勢 あまり知られてはいませんが、ウォークマンのZXシリーズとAシリーズにはUSB-DAC機能が搭載されていて、PCとUSBケーブルでつなげるだけで、ウォークマンでブーストされて、ハイレゾ相当のいい音で聴けるのです。

―― それは面白いですね。最近ではユーザーがいろんな楽しみ方を自分たちで見つけてSNSなどを通じて紹介したりするので、ピッタリの機能ですね。

林 フラグシップのZXシリーズだけでなく、Aシリーズにも搭載したのがポイントで、ファッションきっかけで入ってきたお客様が、使っているうちに新しい使い方を知って、音楽への熱量を上げていただくこともあると思います。

―― Apple製品ユーザーを取り込む上で、音楽管理ソフトはハードルになりませんか。

伊勢 ドラッグ&ドロップで簡単に楽曲が転送できる方法を店頭用ツールで用意して展開しています。専用ソフトを使わず、ウォークマンに簡単に楽曲を転送できるので、より多くの方にいい音楽体験をしていただきたいです。

―― スマホとの対抗軸としては本末転倒かもしれませんが、例えばSIMを搭載するなど、今後もいろんなアイデアが出てきそうですね。

伊勢 YouTubeを見てダンスをしながら自らも投稿するなど、お客様の音楽とのかかわり方が、従来のコンテンツをストックして楽しむスタイルから、自分の活動を通じて楽しむスタイルに変わってきています。まだ形になっていませんが、われわれも音楽とのかかわり方をもう少し広げようと、いろんな議論を活発にしています。

モバイルエンタテインメントプロダクツビジネス部のメンバーは、ウォークマンだけでなく、ヘッドホンやワイヤレススピーカー、ソニーモバイルが扱うサウンド機器の人たちがいるので、ソニーのサウンドに関するあらゆる部署で考えられたアイデアが、この部署に集約されます。ブレストによって新しい価値を生み出せる態勢ができているので、今後のウォークマンも楽しみにしてください。

*「BCNランキング」は、全国の主要家電量販店・ネットショップからパソコン本体、デジタル家電などの実売データを毎日収集・集計している実売データベースで、日本の店頭市場の約4割(パソコンの場合)をカバーしています。