2校でeスポーツ部を立ち上げた茨城県立東海高等学校の千葉徹也先生

学校におけるeスポーツ部の立ち上げには、機材や設備といった環境整備にさまざまな困難が伴う。保護者や教育の現場など周囲から「ゲームなんて」と否定的な意見に晒されるケースもある。それでもeスポーツを教育現場で扱うのは、確かな理由があるからだ。自身は「ゲームをしない」としながら、これまで2校でeスポーツ部を立ち上げた茨城県立東海高等学校の千葉徹也先生に、eスポーツを通じた教育への期待を聞いた。

── これまで2校でeスポーツ部を立ち上げられた千葉先生がeスポーツに取り組むようになったきっかけをお聞かせください。

千葉徹也先生(以下、敬称略) そもそも最初にeスポーツを始めようと思ったのは、第1回の全国高校eスポーツ選手権でサードウェーブがパソコンの無償貸し出しを行っていると知ったときです。

当時、顧問をしていたパソコン部では部活中にゲームをすることはありませんでしたが、ゲーム関係の活動をする部員は多かったと思います。例えば「RPGツクール」のようなツールを使ってゲームを作る部員もいれば、ゲームの実況動画を作ってみたいということで動画を作成している部員もいました。

そんな様子を見ていて「みんなゲームが好きなのだな」と生徒達の気持ちを感じていたのですが、そのタイミングで第1回の選手権とゲーミングパソコンの無償貸し出しのことを知り“部活”としてゲームをやってみないかと、生徒にこちらから声を掛けました。

── 先生が情報を見つけられたのですね。

千葉 そうですね。生徒達も「eスポーツ」という言葉自体は聞いていて、そういうムーブメントがあることも知っていたと思うのですが、どうすればいいのか分からないというのが、当時の実態だったと思います。そこで、こちら側から生徒にボールを投げたら、やってみたいという声が上がってきたという流れです。

── 学校でゲームをプレーする、しかもゲームの大会にみんなで出るというのを、ゲームをやらない先生から声を掛けるというのは、「珍しいかな」とも思うのですが、生徒たちがeスポーツをすることに、どのような期待を寄せているのでしょうか。

千葉 学校のなかには、昔からゲームが好きでやっていた先生や、生徒とゲームの話をよくする先生もいらっしゃったと思います。しかし、教育の場でゲームを、という話になるとそれは話が別になると思うのです。

今いる東海高校もそうなのですが、自分がどういったことをやりたいのか見えていない生徒がいます。将来の夢として何をやりたいのか? そして現在、自分にどういう能力があって、それをどのように将来に繋げていくのかが見えていない生徒がいるわけです。でも何かをやってみたいというモチベーションはある。それは高校生として普通のことです。

教員の役割というのは生徒を導いてあげるというか、様々な選択肢や場所を提供して、好きなもの・やりたいことを本人が見つけられるようにしていくことですね。本人が自主的に言い出せるようにするのが一番いいのですが、それだけでなく、生徒にこういうのをやってみない? と、さまざまな切り口で投げかけることも大切なのだと考えています。

私にとってeスポーツというのは、そういう生徒へ投げかける選択肢の一つですね。別の選択肢もいろいろ生徒に声を掛けています。ITのジャンルでは他にも神奈川工科大学がIT夢コンテスト(IT夢コン)というのを実施されていて、生徒に参加を勧めています。中学生や高校生、高専生を対象に情報技術で実現できる未来の社会や新たなサービスを語る、というコンテストなのですが、「ちょっと挑戦してみない?」という投げかけをしています。

1年生からeスポーツを「やってみたい」という生徒もいますし、IT夢コンを「やってみます」という生徒もいます。それらは生徒にとっては目指すべきものを見つける一つの手段であって、eスポーツは生徒にとって偶然出会った場所と言いますか、目指した先にあるものがゲームだった、というだけのことですね。eスポーツにもゲームそのものだけでなく、それに伴うコミュニケーションですとか、実況の配信機材の扱いや配信技術など、関連するさまざまな技術やスキルの入り口にもなり得ますので、可能性を広げるという意味では十分、選択肢になり得ます。

eスポーツ部設立の課題

── 千葉先生は神奈川県と茨城県の複数の学校でeスポーツの部活を立ち上げられたわけですが、自治体や学校など環境による違いはありますか?

千葉 前提として、教育委員会の方針によって全く環境として変わってきますね。eスポーツに理解がある場合・無い場合でかなり異なります。ただ、それとは別に大きな課題として、設備を整えることができるのか、という問題があると思います。自治体と学校がeスポーツを推進したくても、技術的なハードルに阻まれることもあるのです。

例えば、教育用の回線を使うとフィルタリングの関係でゲーム用サーバとの接続の問題が発生します。ここでは、該当するサーバのポートを開いて頂けるかどうか、というハードルです。学校や教育委員会で設定しているセキュリティーポリシーや教育現場でのフィルタリングの方針、ネットワークの管理体制によって程度は変わってきます。

時には、こちらでネットワーク接続の詳細を調べて、どのサーバのどのポートを開けて欲しいなどと申請を出す必要が生じたり、申請してもセキュリティーポリシーによっては申請が却下されたり、ということもあると思います。私が経験したケースでは、県のIT関連の先生の会合に頻繁に参加して、ほかの先生の後押しなども得て解決し大会にこぎ着けたこともありますし、地元自治体が協力してくれた時もありました。ピンチの時にちょうどサードウェーブの回線無料貸し出しを利用して解決したケースもあります。

ただ、回線の無料貸し出しを利用する場合でも、学校の構造に関わる追加工事費などが予算として確保できるか、という問題があります。既存の回線を使う場合でも、回線は公立高校の場合は公のものですので、それを使えるかどうかという問題が発生します。

つまり、仮に自治体として教育の場でeスポーツを促進・振興していても、現場では実際に環境を整える際にスムーズに行かない、ということもあり得るわけです。やはり前例がないというケースが多いと思うのですが、その場合、個々の部署と密に連携をとってクリアしていく必要が出てきます。

── ゲーミングパソコンを揃えるとなるとコストがかかります。無償貸出期間の終了後はどのような形で続けていこうとお考えですか。

千葉 実は考えなければいけないんですけれど…。あまりまだ構想がなくて。現状は毎年コンピュータ部でコンピュータの仕組みを知ろう、ということで生徒が自作パソコンを作ってみる、ということをやっていたんです。毎年は予算的に出来ないですが、何年かに一回予算を積み立ててという感じではあるのですが……。そういった形で長期的にカバーしていきたいと考えています。

── eスポーツに取り組むための設備・機材を用意するとなると、予算を用意するのも簡単ではなさそうですね。

千葉 今は新型コロナの影響で生徒に通信回線を提供している県も多いと思いますが、さらにeスポーツを促進するために何か物品を購入する予算的な余裕があるか、といわれると難しいですね。大会に出場するなどの実績を積み重ねてゲーミングパソコンの購入予算がつく、ということはあるようですが、無償貸出期間中に相応の成績を出すのは難しいでしょう。

── 先生自身も解決策を探しながら、関係各所と辛抱強くやりとりを続けることで解決する必要があるのですね。そこまで根気を保てるのは、なぜでしょうか。

千葉 結局、一番困ってしまうのは生徒だから、ですね。こちらから経験の場として投げかけたにも関わらず、学校や都道府県のポリシーによって実現できないとなると、生徒のやる気を摘んでしまいます。ですから回線が利用できない場合でも、出来ることを少しずつ積み重ねました。学校のできるだけスペックの高いパソコンを使って実践しながら、家で生徒が反復練習できるようにして、なんとかその間に各方面と交渉を進めました。一時は自分のスマホのテザリングで回線を確保していた時期もありました(笑)。

── 身を切りながらの部活ですね……。

千葉 そうですね。でも、そうしないと進みません。公立学校というのは大きな組織に属していますから、いろいろ変えるには下地を作っていかなければならないと思います。もう少しすればeスポーツの認知も広まって、スムーズに導入できるようになるのではと期待しています。

茨城県ではこのような状況を受けて、現在eスポーツを導入している学校と連携しましょう、という話を進めていただいています。学校単体で動いていると多方面とのやり取りが一手に集中しますから、学校同士が情報交換をしながら連携すれば話が変わってくると思うのです。

── 保護者からeスポーツに対する意見などはありますか。

千葉 理解はかなり得られていますが、これまでにない取り組みなので、親御さんもお子さんのことが心配というのはあるでしょう。

ただ、「この子は部活も文化部で正直、何をやっているか分からない。家に帰ってゲームばかりしている。YouTubeでずっと動画を見ている」というよりも、「何日に大会があってそれを目指して頑張り、先生や友人とeスポーツに取り組んでいる」という方が心配ごとは減るでしょう。実際に大会に出ている姿を見れば、もっと安心できるかもしれません。手段はゲームを通じてだとしても、子供が何かに向かって頑張っている、打ち込んでいるのが見ていて分かることでご理解はいただけている、と思います。

あともう一つ重要なのは「ルール作り」ですね。例えば「テスト前一週間は部活を休みにします」ですとか、「チーム内の誰かが提出物を出してなかったらそのチームは活動中止です」とか。テストに関しても「ある程度の成績を修めていないと活動はできません」と言っていたので、保護者の方から「eスポーツ部を始めてから家で勉強する姿が見られるようになりました」というお声も頂いていました。正直そのお声を頂いたのは嬉しかったです。部活が自分の狙い通りに良い方に機能しているという手応えを感じました。

── 「提出物を出さないと中止」というルールは面白いですね。

千葉 そうすると結構、生徒がお互いに声を掛けるんですよ。「アレ出した? 何日までだよ」という感じで、「ヤバい!すぐやるわ!」と返す感じです。

── 効果的なわけですね。他の学校を取材する際にも共有したいです。あとは身近な周囲の先生方の考えはいかがですか。

千葉 さまざまな先生がいらっしゃいます。応援して下さる方や、一緒に考えてくださる方、ゲームを長時間することの身体的な影響を気にされる方、「ゲームは本当にeスポーツとして成立するのか」といった意見を持つ方もいます。その先生とは真剣にいろんな角度から議論しました。どこが懸念なのかを明確にして対策を立てる。これを繰り返し、あらゆる意見を取り入れてルールや方針を決めました。

── ゲームをプレーしていると感情的になり、口が悪くなってしまったり、お互いのコミュニケーションが激しくなってしまったり、なんていうケースもあるかと思うんですが、先生がリードして改善して成長を促すのでしょうか。

千葉 そうですね。そこは野球などと一緒だと思うんですよね。ゲーム中に空気が悪くなってしまえば、そのチームは勝てないわけで。LoLをやっているときでもお互いがコミュニケーション取りながら、サポートし合いながら、そのときに言葉遣いもある程度考えないと盛り下がってしまいます。

── コミュニケーション能力の向上を図っていると、生徒の精神面にも影響がでてきそうですね。

千葉 そうですね。まずeスポーツ部として大会に出場するという「目指す目標」が出来たので、生徒自身が自ら動くようになりました。たとえば「(eスポーツ関係で)こうしたいんですけどいいですか」とか「(打ち合わせなどで)教室を放課後に使いたいのですがいいですか」など、生徒の方から積極的に声が掛かるようになりました。「新入生に見てもらいたいので教室でこんなことをやりたいんですけどいいですか」など自主的に生徒の方で何かを企画して動くようになったということもあります。

あとコンピュータ部の生徒の中には人とのコミュニケーションに消極的な生徒もいますが、eスポーツ部に参加し始めたら積極的になってきた気がします。ゲーム中に「自分はこっち側から攻めるからそっち側からお願い」とか普段からコミュニケーションをとり、お互いに連携を取りながらプレーしているので、コミュニケーション能力の成長と発達という点では助けになっていると思います。

── 学校でeスポーツに取り組んでいたからこそ見えた、生徒の新たな可能性ということでしょうか。

千葉 実際にコンピュータ部に入って進路をIT系に決めた生徒もいますし、「プログラミングも挑戦したいです」と言ってeスポーツ班からプログラミングの授業に参加している生徒もいます。一つの入り口としてeスポーツがあって、eスポーツにその後かかわらなくてもIT業界を目指すとか、人生選択としてコンピュータで生きていく生徒も出てくると思います。

── 先生が先ほどおっしゃっていた「選択肢」を、eスポーツを通して見せることができたということですね。

千葉 以前はコンピュータ部でくすぶっていて何もしないまま辞めてしまう生徒もいました。入ってみたけれど、やりたいことが見つからない、と言っていました。しかし、新たにeスポーツという選択肢が加わったことで、「じゃ自分はこれやってみます」といってeスポーツを始めて部活が続いている生徒もいます。

コンピュータ部では、ちょっと前だと「はんだ付けする」という時代もありました。それだとコンピュータにちょっと興味があっても「ハードル高いかな」と思う生徒もいたと思います。その反面、ゲームだと手を出しやすいというのは有ると思います。パソコンに触れる第一歩と言えるかもしれません。例えば簡単なところでいえば、eスポーツに必要なPCスペックを知ることで、コンピュータのしくみにも興味を持つなども考えられると思います。

── 生徒の自主性、コミュニケーション能力が養われるなど、eスポーツに取り組むメリットは確認できました。続けるにあたって懸念などもあるのでしょうか。

千葉 やはりプレー時間ですよね。eスポーツに時間をかけることができる制度の学校と戦う際、実力差がありすぎて“いい勝負”にはなりません。もちろん、設備や環境が整っている学校が上位に行くのは当たり前ですが、生徒のやる気という面では、難しい状況です。大会の度にメジャーリーガーに挑んでいる感覚で、公立高校の生徒にとっては「キツいな」と。部活としてやっている以上、守ってもらわないといけないルールはありますが、正直ジレンマです。

ほかにも、課金で手に入るキャラクターを使えるかどうか、という問題も大きいです。たとえば、LoLのチャンピオン(キャラクター)はプレーしていればそのうち全て使えるようになりますが、部員全員が全キャラ解放できるほど長時間プレーすることはできません。するとやはり、使える戦術に制限が生まれてしまいます。

課金における最大の障害はWebマネーを県の費用で買えないということですね。アカウントに紐づいてしまい結局は物として残らないので、予算を出すことは難しい。生徒自らが購入することはありますが、それでも全員が全てを揃えることができるわけではありません。先ほども言った通り、長時間プレーすれば集めることはできますが、その時間を確保するのも難しい状況です。

── 同じくらいのランクやプレー時間、環境の学校同士が戦えるとモチベーションにもつながりそうですね。

千葉 レベルを揃えるのも一つの手段ですね。あるいは「純粋に技術を競うために使えるキャラクターはコレ」といったルールをつくり、純粋に技術を競える場があると、生徒はやりやすいかもしれません。教育的効果も今よりもっとあると思います。そういった仕組みを持った大会などがあると、予算につながる結果も出しやすいかもしれません。生徒の可能性を引き出すためにも、個人的にも方法を探していきます。