(C)2021 映画「そして、バトンは渡された」製作委員会

 『そして、バトンは渡された』(10月29日公開)と、2年前に撮影され、コロナ禍で公開が1年延期になった『老後の資金がありません!』(10月30日公開)という、前田哲監督による家族を描いた2本の映画が、ほぼ同時に公開される。

『そして、バトンは渡された』

 第16回本屋大賞を受賞した瀬尾まいこの同名小説を映画化。

 血のつながらない父親の間をリレーされ、4回も名字が変わった優子(永野芽郁)。今は料理上手な義理の父・森宮さん(田中圭)と2人で暮らす彼女は、さまざまな悩みを抱えながら、いつも笑顔を絶やさず、卒業式のピアノ演奏の練習に励んでいた。そんな彼女の前に、ピアノが上手な同級生の早瀬(岡田健史)が現れる。

 一方、何度も夫を変えながら自由奔放に生きる梨花(石原さとみ)は、泣き虫な義理の娘みぃたんに精いっぱいの愛情を注いでいたが、ある日突然、娘の前から姿を消す。

 中盤までは、この二つの物語が並行して描かれるのだが、やがて二つは微妙に絡み合い、最後はある秘密とうそが明らかになる、という流れ。よく考えたら設定に無理や矛盾があり、一歩間違えたら犯罪と言ってもおかしくない行為も出てくるのに、“いい話”を見たような気にさせるところが、“だまし映画”の真骨頂だ。

 前田監督は、この映画に「愛とは、見えないところで見守ること」「見た人が幸せな気持ちに包まれる映画に」という思いを込めたというが、その点は達成できたのではないか。

 要はこの映画は、一見、不運に思えたことが幸運につながったり、その逆だったりする。幸運か不運かは容易に判断しがたい、という「人間万事塞翁が馬」的な話なのだ。

 また、一見、わがままなくせ者に見えて、実は…という展開は、前作の『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18)の主人公・鹿野(大泉洋)にも見られたが、今回もある人物にそれが当てはまる。こうした設定は、前田監督と脚本の橋本裕志の好みなのだろう。

 『キネマの神様』に続いて永野がチャーミング。彼女が流す大粒の涙が印象に残った。

『老後の資金がありません!』

 原作は、垣谷美雨の同名小説。後藤篤子(天海祐希)は、家計に無頓着な夫の章(松重豊)、フリーターの娘まゆみ(新川優愛)、大学生の息子・勇人(瀬戸利樹)と暮らす平凡な主婦。コツコツと老後の資金を貯めてきた。

 ところが、しゅうとの葬式代、パートの突然の解雇、娘の結婚、さらには夫の会社が倒産と、貯えた金を目減りさせる出来事が次々と降りかかる。

 そんな中、夫の母・芳乃(草笛光子)を引き取ることになるが、芳乃の奔放な金の使い方で予期せぬ出費がかさみ、篤子はさらなる窮地に追い込まれる。

 前田監督は、大人が見られるコメディー映画を目指して、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』同様、一つ間違えれば、単なるお涙頂戴話になりかねないような難しい題材を、あくまでもエンターテインメントとしてテンポよく描いている。だから、身につまされながらも、笑いながら見ていられるのだ。

 中でも、天海のコメディエンヌぶりと、草笛のお達者ぶりが際立つ。前田監督によれば、ラスト近くで芳乃が篤子に言う「人間わがままに生きた方が勝ちよ」というせりふがこの映画のテーマだという。長く家族に関する映画を撮ってきた山田洋次監督の「家族とはやっかいだけどいとおしい」という言葉が、この映画にも当てはまる。(田中雄二)