濱口竜介監督

村上春樹の短編小説を映画化した『ドライブ・マイ・カー』で2021年のカンヌ国際映画祭の脚本賞を含む4冠に輝き、世界が最も注目する映画監督のひとりになった濱口竜介。

そんな彼の最新作は、タイトルロールをテーマに掲げた自らのオリジナル脚本で3つの物語を紡ぐオムニバス映画『偶然と想像』。

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  • 『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive
  • 『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive
  • 『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive
  • 『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive
  • 『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive

本作は制作時期も重なる『ドライブ・マイ・カー』とどこか設定やムードが似ていて、まるで姉妹編のよう味わいだが、それは意図したことなのか? それとも単なる“偶然”なのか?

濱口監督を直撃し、その真相とそこから分かる気鋭の映像クリエイターの演出法に迫ってみた。

『ドライブ・マイ・カー』©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

『ドライブ・マイ・カー』と『偶然と想像』は影響し合っている

『偶然と想像』の第一話「魔法(よりもっと不確か)」は、タクシーの中のモデルの芽衣子(古川琴音)とヘアメイクのつぐみ(玄理)の女子トークから始まる。

つぐみから最近気になる男性(中島歩)の話を聞かされた芽衣子。単なる恋バナだったのが、芽衣子がその後向かった先によってある驚愕の“偶然”が明かされる展開だ。

『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive

続く第二話「扉は開けたままで」は、大学教授の瀬川(渋川清彦)に色仕掛けをしてスキャンダルを引き起こそうとしたゼミ生・奈緒(森郁月)の計画が、あり得ない“偶然”の過ちで彼女をとんでもない運命に導いていく物語。

そして最後の第三話「もう一度」は、仙台駅のエスカレーターで高校以来20年ぶりに再会した夏子(占部房子)とあや(河井青葉)の関係性に訪れる思いがけない変化を描いていて、三つの話はそれぞれ独立している。

その一方、第一話のタクシーは『ドライブ・マイ・カー』で専属ドライバーのみさき(三浦透子)が運転する主人公の舞台俳優兼演出家・家福(西島秀俊)の愛車である赤いサーブを想起させるし、第二話の奈緒が瀬川の前で彼の小説を声に出して読むくだりは『ドライブ・マイ・カー』の車中で家福が聞く亡き妻(霧島れいか)による台本の代読を嫌でも思い出す。

そんな類似点や共通項が随所で見え隠れしたので、『ドライブ・マイ・カー』と『偶然と想像』は影響し合っているのか問うと、濱口監督から「影響関係はあります」という言葉が返ってきた。

「『ドライブ・マイ・カー』は自分がそれまでやってきたものとは違うスケールの大きな作品だったので、現場で試行錯誤をするのは難しいと思っていました。

なので、事前に準備できることは準備しておきたくて、「短篇集」のプロジェクトを立ち上げました。それが結果的に『偶然と想像』になったものです。

三つの物語それぞれの中で『ドライブ・マイ・カー』でやらなきゃいけないことを予行演習していくという意図がありました」

具体的には、村上春樹氏に映画化の許諾をもらうための手紙を送り、許諾がもらえるかどうか分からない中で「もらえたときのために準備しておかなければいけないし、もらえなかったとしても自分のプロジェクトを持っておきたかったので、どっちに転んでもよいように元々あった話の種から選んで、今回の三編の台本を書きました」という。

「そうこうしているうちに村上さんサイドから『ドライブ・マイ・カー』の許諾も取れました。

そちらは撮影が2020年の予定になったので、短篇集を2019年のうちに第二話、第一話の順で撮り始めています。

2020年に入って第三話は後回しにして、『ドライブ・マイ・カー』を撮り始めたんです。だけど、コロナ禍で中断を余儀なくされたので、たまたまできたその中断期間を使って第三話を撮って、結果的に『偶然と想像』の方が先に完成しました」

そう言い終えた後で「結果として『偶然と想像』は、決して習作には終わっていないと感じてます」と強調する。

「リハーサル期間はこっちの方が潤沢だったし、よりシンプルな構成なので、役者さんの魅力を深く感じられるものになっています。

だから、規模はまったく違いますが『ドライブ・マイ・カー』よりこっちの方が好きだという人がいてもそんなに驚かない。そういうものにはなったんじゃないか、と思っています」

「そういう行動をする人はどういう人なのか」逆算するように人間像を作っていく

濱口監督自身がそう言う通り、本作の登場人物たちは誰もがイキイキしている。特に女子同士のやりとり=女子トークがとってもリアルで、男性が書いたセリフとはとても思えない。

そう告げると、濱口監督は「『ありがとうございます』としか言えないですね」とはにかみつつ、言葉を続けた。

「男性は原理的に女性だけの場にはいられないので、喫茶店の隣で話している女性同士の会話や複数の女性が話す映画、自分が実際に話したことのある女性からインスピレーションをもらうしかない。

それに物語の大まかな流れや、その物語の中でその人がどういう行動をするのかは決まっているので、そこから、そういう行動をする人はどういう人なのかと逆算するようにして詳細に人間像を作っていく。

実際の撮影では女性の役者さんに実際に演じてもらっているので、それがいちばんの強みになると言うか。

その役者さん自身が持っているもの、普段の喋り方が結局のところリアリティをいちばんもたらしてくれるんじゃないかなと思っています」

『偶然と想像』12月17日(金)より、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー ©2021 NEOPA / fictive

それは一理あるかもしれない。ただ、それでも信じられない。第一話で芽衣子を演じた古川琴音の口から出るセリフは、いまを生きる若い女性のワードに溢れていて、まるでドキュメンタリーを観ているんじゃないかと錯覚するぐらい生っぽいのだ。

「あれはまさに、カフェの隣のテーブルで喋っていた女子ふたりの『気になる人に会ったんだ』『大丈夫、その人?』という会話がベースになっています。

でも、それだけでは物語にならないので、より劇的な展開を想像していって、いろいろ変えています。何にせよ、女子ふたりの会話は正直いちばん難しいですね(笑)」

俳優に指示を出すと、自分が望んでいるようなものは写らない

少し前の監督の言葉を裏づけるように、現場では俳優陣に助けられることも多かったと振り返る。

「第一話の芽衣子も脚本を書いているときは“こんなキャラクターで大丈夫? 荒唐無稽すぎるかな?”って半信半疑のところもありました(笑)。

でも、古川さんに演じていただいたときに、あっ、こういう人だったのかと納得させられました。『喧嘩をしていてもリズムがあるじゃん、私たち』という芽衣子のセリフがあるんですけど、古川さんと相手役の男性を演じた中島歩さんのやりとりにも実際にリズムが感じられました。それで二人の関係の歴史もにじみ出てきた気がしました」

劇中では描かれないが、リハーサルでは芽衣子とその男性との過去のシーンもふたりに演じてもらい、「観客には見えないその関係性も含んだ芝居をしてもらっているので、そんな過去があったんだって自然に思えるんです」と濱口監督。

「あと印象的だったのは、中島さんの髪型ですね(笑)。中盤の、髪をかき乱す芝居は中島さんが自分でやったことなんですけど、最初カチっとして現れたあの男性がイライラした瞬間に髪をワサワサっとしてしまうのは、彼自身の心がすごく乱れていることも表していてすごくよかった。あれも役者さん同士の相互作用から生まれたものです。演技はずっと、見ていて楽しかったです」

役者同士の相互作業。濱口監督は第二話の特別なケースの場合で生まれたその具体的なエピソードを教えてくれた。

「第二話では人物がカメラに向かって話す正面からのショットを使っているんですけど、研究室のシーンの最後の方で教授の瀬川が向かい合って話すときに、話す瀬川とそれを聞く奈緒との間に感情の交流みたいなものが起こっている感覚があったんです。

役者さん同士の集中力が最大限に高まっていたので、今なら大丈夫だろうと思って割って入るような形でふたりの間にカメラを置きました。

そのポジションに置いたことで、そんなに大きな感情表現をしていないのに、ふたりの内側で起きている微細な変化をちゃんととらえられた。そんな実感がありましたね」

第二話の研究室のシーンは瀬川と奈緒のまさに頭脳戦。互いに、言葉巧みに仕掛け合うスリリングな心理劇になっているが、それだけに撮影に4日間も費やした。

「正確には3日と半日なんですけど、事前に本読みしかやっていないので、どう動いたらいいのか手探りのなか、1日目はすべて通してやってみました。結局1日目に撮ったものは一切使っていないですね。

それでどこが上手く行って、どこが上手くいかないのかが分かったので、2日目はそれを踏まえて、またいちばん最初から通しで撮っていって。それを繰り返すうちに演技も発展していくようなところがあったので、それを少しずつ塗り重ねていく感じでした」

現場ではほとんど指示はせず、「無責任な話ですけど、あまり考えてないし、役者さんたちにお任せなんです」と笑う。

「役者さんの間で実際に起こっていることしかカメラには写らないし、指示を出すと自分が望んでいるようなものは却って写らないと思っています。

実際、今回も渋川さんと森さんにお任せしています。ただ、何度もやりますけど。1日目はただセリフを言っているだけだったのに、だんだん、なんでこんな感じになるんだろう?って思うような“うねり”がふたりの関係性の中で生まれてきた気がしました。

そうなれば、ただただそれを撮らせてもらうということを、カメラのポジションを変えながら繰り返していたという感じです」