桂文珍は、どこまで深化するのだろう。芸歴44年の重鎮にして次々と新たな仕掛けを企て、聞き巧者から初心者までを感動させ、笑いの渦に巻き込む。そんな偉大なるチャレンジャーが、5年前から始めたのが「リクエスト寄席」だ。「プレッシャー」と言いつつ、インタビューに答える文珍の表情は嬉々としていた。
「昔、松竹新喜劇の藤山寛美先生が“リクエスト公演”をやってはったんですよ。私もずっとやりたいと思ってて。芝居はヅラつけたり、衣装替えたりせないかんから大変。でも、落語はそのままでいい。こらええわと思うてやったら、ごっつ大変やった(笑)。つまり、出している60本の落語を全部稽古しとかないけない。でも、これは本人のブラッシュアップ。もの凄く刺激になって面白いですね」。
60の演目が書かれたアンケート用紙は開演前に回収され、客はどんなネタが選ばれるのかワクワクしながらその時を待つ。が、お楽しみはこれだけではない。「お客さんは、どうしても大ネタをリクエストしはる。その中からもちろん選びますが、独演会はコース料理を召し上がっていただくようなもの。だから、前座の後にリクエストコーナーを作ってるんですよ。そこでのお客さんとのやりとりが面白い。お客さんもそれを楽しみに来てはる。ほんまにやりたくない時は、あらすじだけ先しゃべって『あっ、言うてもうた』(笑)。その駆け引きを自分も楽しみながら、笑いのテイストの違うものをと考えつつ構成を瞬時に立てていく。で、『これとこれとこれにしましょうか。ご注文ありがとうございます』と。このコーナーがお客さんとの一体感を生み出すというか。ライブ感を大事にしたいんで」。
観客が参加することにより、双方向の落語会が実現する。しかし、本来“落語”はそういう芸なのだとか。「落語はもちろん物語ですが、実はお客さんと一緒に作ってるんですね。その日その日の呼吸が違うから。お客さんのご理解というか、受け入れていただける度合によって、こっちも味付けが変わります。それがライブの面白みで、それを具現化したものが『リクエスト寄席』なんです」。
会全体の見せ方も工夫を重ね、落語通からビギナーまでを呼び込む間口の広さ。文珍は超一流の演出家でもある。「人のやってないやり方に、興味があってね。ミュージカルや歌舞伎、文楽に新劇と色んなものを見てきて、お客さんはどうしたら喜びはるんやろうなっていうのが、知らない間に身についてるんとちゃいますか。現場で凄い演出を見てると、勉強になりますな。ただ、見せ方は演出しますけど、落語本来のところからは離れないですよね。そこがミソやね」。
公演は4月23日(火)から4月25日(木)まで東京・国立劇場 小劇場にて。チケットは発売中。
取材・文:松尾美矢子