1959年に44歳の若さで死去したアメリカジャズ界の伝説的歌手ビリー・ホリデイ(アンドラ・デイ)の生涯を描いた伝記ドラマ『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』が、2月11日から全国公開される。人種差別を告発する「奇妙な果実」を歌い続けたことで、FBIからターゲットとして狙われたエピソードに焦点を当てて描いたリー・ダニエルズ監督に、映画に込めた思いや、映画製作者としての姿勢を聞いた。
-今回、ビリー・ホリデイの映画を作ろうと思ったきっかけは?
「このプロジェクトをやりたい」と思うときに、いつも、「これだ」という理由が特にあるわけではありません。今回は、無意識のうちにニュースや人々との会話を通して、自分の心の中に何かが起きていると感じて、それがビリー・ホリデイの物語とつながったところがあります。もともと、ダイアナ・ロスが主演した『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』(72)に感銘を受けて、そのことが映画製作者になるきっかけになったところがあります。あの映画は、初めてハーレムで暮らす美しいアフリカ系アメリカ人の生活をリアルに描きました。それこそ豚足からアップルパイまでいろんなにおいが漂ってくるような感じがしました。だから、自分が監督をしてビリーの物語を作ったことには、少し運命的なものも感じます。
-では、今回「奇妙な果実」という曲を媒介にして、ビリーと当局との対立を中心に描いた意図は、どんなところにあったのでしょうか。
『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』では、ビリーに関する真実は語られていませんでした。きっとアメリカは、まだ皆にそのことを隠しておきたかったのでしょう。今回、原作と脚本を読んだときに、ビリーが本当にしたことを知って圧倒されました。彼女は、黒人に対するリンチを目撃したから「奇妙な果実」を歌いたいと思っただけなのに、政府は彼女を追跡し、無理やり薬物を隠し持たせて捕えようとしたり、おとしめようとしたわけです。このことは学校でも教えられていません。なので、それを知ったときに、「この物語を作らなければ、伝えなければならない」と思いました。
『大統領執事の涙』(13)を作ったときに、当時12歳だった息子に「パパ、これ本当にあったことなの?」と聞かれました。それで「高いお金を払って私立に行かせているのに、そんなことも教えてもらっていないのか」と怒りを覚えました。政府やメディアが真実を知らせないということはいまだに続いていて、今回は、ビリーがヒーローだからこそ、この物語を伝えることは重要だと思いました。
-『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』は、白人のシドニー・J・フューリー監督が撮った黒人の映画でしたが、今回は黒人の監督が撮った黒人の映画でした。そのことも含めて、もちろん時代差はありますが、黒人の描き方や、映画製作の変化についてどう感じていますか。
あの映画は、確かに白人のフューリー監督がクレジットされていますが、実際はプロデューサーのベリー・ゴーディが大きく貢献した映画だと思います。彼はビリーとも友だちでしたし、ダイアナの演技も素晴らしかった。私は、自分の親以外の黒人同士がキスをしているところを見たのは、あの映画が初めてでした。「ほかの人もするんだ」と思ってちょっとショックを受けました。なので、スタイル自体は、今回の映画とも大きな差はありませんが、ストーリーは大きく違います。当時は、政府も製作会社のパラマウントも、ビリーの真実の物語を世に出すことは絶対に許さなかったと思います。
それとともに、ビリーの夫となるルイス・マッケイをビリー・ディー・ウィリアムズが演じて、割とイケメンのいいやつのように描かれていましたが、実際はそうではなくて、虐待もし、ビリーからいろいろなものを盗んだりもしました。私の映画に比べると、あの映画は虐待や薬物のことはそれほどディープには描いていません。少しだけ見せればダークさが伝わると思ったのでしょう。虐待や薬のシーンは一度しかありませんでしたが、それがとても強烈だったので、何度も見せなくても表現できたのではないかと思います。
-最近、この映画のほかにも、例えば、あなたが製作した『コンクリート・カウボーイ』や、ウィル・スミス主演の『ドリームプラン』など、実話を題材にして、黒人が自分たちの声で主張するブラックムービーが増えている気がしますが。
もちろん、いつの時代にも、語られるべき黒人の物語や、ヒーローたちの素晴らしい物語はあると思います。今はそういう物語が作れる状況になって、それはとてもうれしいことです。ラブストーリー、コメディー、いろんな形でそうした映画が作られています。映画作家として、そのうちの一人でいられることをうれしく思っています。先ほどお話ししたように、『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』を見たときに、映画を作りたいと思ったわけですが、自分にとって重要なものについての映画を作りたいとずっと考えてきました。特に『チョコレート』(01)を作ってから、その思いが強くなりました。黒人の物語は、世界にとっても、文化にとっても、アメリカという国にとっても、とても重要で意義のあるものなので、もっと語られるべきだと思います。
-最後に、映画の見どころなど、日本の観客に向けて一言お願いします。
まず、アメリカという国に、今どれほどの分裂があるのか、ということを日本の観客の皆さんにも感じていただきたいと思います。この映画を見た多くの人たちが、真実の物語としてとても心に響いたと言ってくれましたが、それには理由があって、根深い人種差別をはじめ、今アメリカで起きているいろいろな恐ろしいことが、衆目にさらされているからです。もともとアメリカという国自体が、黒人奴隷たちの手によって作られてきた、言い換えるなら、人種差別を通して作られてきた国なのです。どんな解決法があるのかは、私にも分かりませんが、少なくとも、今のアメリカが抱える問題として見つめ続けなければならないと思っています。
(取材・文/田中雄二)