舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司

舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』が4月9日(土)まで動画配信中だ。

2005年、イギリスの劇作家フィリップ・リドリーがイラク戦争への抗議の意を込めて発表したと言われる本作は、2015年、白井晃演出のもと日本初演。そしてこの2022年、吉沢亮&北村匠海という2大スター俳優を主人公の兄弟に迎え、再演された。

これまで『さくら』『東京リベンジャーズ』と共演を重ねてきた2人は、極限状況下に生きる兄と弟をどのように演じたのだろうか。

フォトギャラリー【写真12枚】すべての舞台写真をギャラリーで見る
  • 舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司
  • 舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司
  • 舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司
  • 舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司
  • 舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司

絶望の世界を生きた、吉沢亮の怒りと北村匠海の声

轟く爆音。むせ返るような血の匂い。『マーキュリー・ファー Mercury Fur』は、略奪や殺人が横行する終末世界を舞台とした兄弟の物語だ。

兄・エリオット(吉沢亮)は膝に怪我を負い、足を引きずっている。弟・ダレン(北村匠海)は頭に傷痕があり、そのせいか少し知能が低い。

愚かな弟に対し、兄は常に苛立っている。弟さえいなければ、自分はもっと自由に生きられたはずだった。弟を「俺の首にくっついた錨(いかり)」だと罵り、「へその緒みたいに」まとわりつく弟を呪ってすらいた。だけど、そんな兄を弟は無邪気に慕う。弟は、兄を愛している。弟にとって、兄はヒーローだ。そして、そんな弟を兄がどうしようもなく愛していることもわかる。

舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司

弟との生活を守るため、兄は幻覚作用の発生する「バタフライ」という謎の物質を売って生計を立て、「パーティー」と称して危険な行為に手を染める。この荒廃した世界で、生存理由はお前だけ。そんな互いのぬくもりで身をあたためるような兄弟愛が胸を締めつける。

兄・エリオットを演じる吉沢亮は、破裂寸前の爆弾みたいだ。序盤からヒステリックなほど怒鳴り、まくし立て、常にこめかみに青筋を立てている。この怒りこそが、エリオットの原動力。この世界の住人はみんな「バタフライ」に依存して生きている。「バタフライ」を食べて夢を見て、「バタフライ」の力で嫌な記憶もすべて忘れた。

だけど、エリオットは「バタフライ」を食べない。とても正気ではいられない世界で、狂わずに生きることがどれだけ過酷か。忘れずに生きることがどれだけ残酷か。吉沢亮の怒りが、この余計な装飾のない会話劇に爆発力を与えている。

舞台『マーキュリー・ファー Mercury Fur』 撮影:細野晋司

圧巻は、台詞で状況を語る力だ。恋人・ローラ(宮崎秋人)との出会いや、黒い「バタフライ」が現れた話が、エリオットの長台詞によって語られる。弾丸と火炎瓶が飛び交う街の情景が、「黒いバタフライ」を口にした少年少女の顛末が、まるで目の前でプロジェクターに投射されたみたいにありありと浮かんでくる。

ともすると観客を置き去りにしてしまうような難しいシーンで、これだけ観客の想像力を膨らませることができるのは、吉沢の台詞の力が大きい。顔を真っ赤にし、目を潤ませ、時に声をつまらせながら、吉沢は語る。そのすさまじい熱量に、我も忘れて見入ってしまう。