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 昨年、大ヒットした映画『シン・ゴジラ』が、先ごろ地上波で初放送され、改めて大きな話題を呼んだことは記憶に新しい。そんな中、11月17日に公開されたのが『GODZILLA 怪獣惑星』だ。本作は「ゴジラ」シリーズ初のアニメーション映画であり、人類対ゴジラの生き残りを懸けた戦いを描く、3部作の第1章に当たる。

 その粗筋は、20世紀末、突如地球に姿を現した巨大生物ゴジラ。人類はゴジラとの半世紀にわたる戦いに敗れ、移民宇宙船にわずかな人々を乗せて地球を脱出する。だが宇宙には人類が生存可能な地はなく、移民船は地球に帰還することになる。移民船が長距離亜空間航行を続けていた20年の間、地球では2万年の時が流れていたが、その間ゴジラは進化を遂げながら生きていた。人類とゴジラの戦いが再び開始されるが…、というもの。

 このように、本作は人類が地球から追いやられるなど、これまでの“ゴジラ”という枠組みの中で考えると異色の作品だが、“アニメ作品”という文脈の中で捉えると、決して異色ではないことが分かる。

 例えば、「荒廃した地球環境の中で、人類がどんな生存戦略を取っていくのか」というテーマは、本作の脚本を担当した虚淵玄が手掛けたアニメ映画『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(14)や、テレビアニメ「翠星のガルガンティア」(13) にも共通するものがある。従って、虚淵の描くSF作品のファンであれば、本作をそれらの作品と比較しながら、楽しむこともできるだろう。

 また、異星人の助けを借りて地球を取り戻すという流れは、往年の名作テレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」(74-75)などをほうふつとさせるし、宇宙移民という点で、「マクロスFRONTIER」(08)と比較するのも面白い。すると、宇宙移民の旅を続ける中でも「アイドル」や「歌」といった要素がクローズアップされているマクロスとは異なり、資源も乏しく、船内での娯楽要素も描かれない本作は、かなり悲壮感の漂う宇宙航行を描いていることが分かる。

 さらに、今年放送が開始されたテレビアニメに目を向けると、「少女終末旅行」「宝石の国」など、破滅後の世界を描く、いわゆる“ポスト・アポカリプス(終末)もの”が目に付く。どれも、本作と同じく、絶望的な状況の中でどう生き抜くのかを描いた作品ばかりだ。その点からも、本作は、今のアニメ界の潮流を象徴しているともいえるだろう。

 このように、本作を“ゴジラ”という枠組みではなく、これまでの数々のアニメ作品の流れの中で捉えると、その骨組みやストーリー展開は、むしろSFアニメ作品における王道の手法を用いているとも考えられる。衝撃的な展開の脚本に定評がある虚淵だけに、今後どう展開していくのかが楽しみではあるが、個人的には、どうか悲劇的な結末にはならないでほしいと願うばかりだ。

 最後に、今後の『GODZILLA』3部作の展開について、個人的な妄想を述べてみたい。「宇宙空間に逃れた人類とは別に、地下空間に逃れた人類が存在し、彼らが“メカゴジラ”を信奉する集団を構築していて…」。これでは、まるで昔々の映画『続・猿の惑星』(70)のようではないか、と思われる人もいるかもしれないが、あくまでも筆者の妄想の世界なので、お許し願いたい。3部作の第2章『GODZILLA 決戦機動増殖都市』は、2018年5月公開予定だ。(森史織)