PC専門店「ドスパラ」やBTOパソコンの製造・販売・サポート、eスポーツ事業などPCを軸に幅広い事業を展開するサードウェーブは2018年10月に、セキュリティソフト販売のライセンス契約をめぐってマカフィーを相手取り提訴。約3年半後の22年4月に東京地方裁判所は2347万5262円の損害賠償をマカフィーに命じる判決を言い渡し、双方の裁判が決着した。裁判に要した時間や費用など経済合理性を考えれば必ずしも得たものばかりとは言い切れないが、それでもサードウェーブが裁判を通して訴えたかったことは何だったのか。サードウェーブの尾崎健介代表取締役社長 兼 最高執行責任者に聞いた。
取材・文/細田 立圭志 写真/松嶋 優子
裁判で得た成果とマイナスだったこと
サードウェーブの損害賠償請求、東京地裁がマカフィーに2347万円の支払いを命じる判決
https://www.bcnretail.com/market/detail/20220426_276312.html
(以下、敬称略) 最初から難しいといわれていた訴訟でした。相手側の正しくない情報提供を基に結んだ契約について損害賠償請求が認められた点は満足しています。ただし、完全に満足かというと裁判が複数年に及んでしまい、また相手側の担当営業が代わった後も誤った情報をベースにした契約が続き、そのすべての期間の損害が認められなかったのは不服ですね。
また、相手の示したデータが誤りであったことは認められたわけですが、では、正しいデータは何だったのか。この真相について最後まで明らかにされずに終わってしまいました。誤ったデータと正しいデータの差分が、われわれが被った損害の全体像だと考えるので、それがわからないままになってしまったのは不可解でした。
当社のポリシーを貫き通せたことが一番良かったです。労力や時間、コストを考えれば訴訟を起こさない方が、経済合理性があると判断するケースは多いと思いますが、そうした損得より以前に、当社として毅然とした態度で対応できたことは一定の成果を得たと思います。
正直、裁判に至るまでの事前交渉では、別の条件による契約で穴埋めする提案も出されました。しかし、そもそも正しいデータが何だったのかを提示してもらえずに信頼関係が構築できない中、いくら穴埋めの提案を提示されたところで受け入れるわけにはいきません。最後まで正しい数字が出てこなかったので、最終的に当社が訴訟に踏み切らざるをえませんでした。
はい。儲かるからとか、損するからという以前に、会社経営の原理原則である公正な商取引に基づく事業推進は、最も重要なことではないでしょうか。
最初から困難が予想されたが、それでも訴訟した理由
社内ではもちろん様々な意見がありました。しかしながら、誤った情報で取引を開始させたものが得をするとか、訴えると損するから訴えないということでは、こうした問題は減らないのではないでしょうか。その点も踏まえて、十分に議論した上で社内から理解を得られました。
裁判が長引くことは、最初から予想していました。というのも、立証責任は原告にあり、われわれは正しいデータを持ち合わせていませんから、損害賠償請求が認められるのは難しいともいわれました。訴訟に踏み切るには、それなりの覚悟が必要でした。
裁判所からは明確な証拠の提出を求められますが、明確な証拠は誤った情報を提供した側しか持っていないんですよね。そもそも、誤りであることの明確な証拠をこちらが持っていれば、契約するはずないですし。ですので、法務や依頼した弁護士の努力もあっていくつかの状況証拠を示し、それが不法行為として認められた点は一定の成果だったと考えています。
自社だけのことではなく、こういうことは世の中でうやむやにされてはいけないことです。間違ったことをしたら裁判できちんと判決が下され、その事実が明らかになるということです。もちろん、営業担当として契約してもらうための提案力は必要でしょうが、それが誤ったデータに基づいたものであっていいはずがありません。
これは担当営業一人の話ではなく、担当営業が変わりながらも、複数年間に跨って「マカフィー社」が事実でない情報を基に契約更新しつづけたということが認められたのが、何よりも成果でした。
今回のことは業界としてというよりも、日本の商習慣の中で認められないことです。特にIT業界に関わらず外資企業とビジネスする際、日本法人の担当者から「ヘッドクオーターから降りてきた契約書だから変えられない」などと言われれば、そうなんだと思いがちですが、泣き寝入りはいけません。今回の判決が、こうした状況を是正する一つの事例になれば良いと思います。
もちろん、どの会社にとっても利益は重要な指標の一つですが、利益のためだけに企業が存在しているわけではないでしょう。きちんとした信頼関係が成り立った上での商取引があってこその事業や会社の存続だと思います。そうしたベースがあっての事業推進を心がけていきたいですし、業界全体でもそういう姿勢を徹底すれば、さらに発展していけるのではないでしょうか。