カメラマン:源賀津己

笑福亭鶴瓶の落語会は、その前後もまたライブ感に満ちている。昨年のメイン作品は、ヒットソングが生まれた時勢もあり『死神』を予定していたが、自身の手応えから『お直し』となる。今年のメイン作品は、素敵な嘘の物語=『芝浜』だが、予定は未定だという。まずは、素敵な嘘の思い出から話を聞いた。

「師匠のところにお世話になるちょっと前ぐらいかなぁ。学生ノリのバスツアーに実行委員として参加したんです。ところが、その仕切りがグダグダでイライラしてばかりいて。なんとか終わった帰り道で誰かが『トイレに行きたい』となって、僕は内心で(さっきトイレ休憩あったやろ!)と苛立ちがさらに高まってしまったんですね。しかも、休憩したパーキングで『みんなで、かごめかごめをしたい』というわけのわからない流れになって、僕が輪の中心になって。イライラしながらね(笑)。そしたら『かーごめー、かーごめー……ハッピーバースデートゥユー!』ってみんなが急に歌い始めたんですよ。実はその日、僕の誕生日だったんです。めちゃくちゃうれしかったし、めちゃくちゃ反省しました。やらなきゃあかんことに追われて雑なる心を忘れちゃダメだなって。あれは素敵な嘘でした」

古今東西の優れた物語がそうであるように、日本の古典落語にも素敵な嘘が描かれることがある。『芝浜』もそんな作風のひとつ。笑えて泣ける人情噺の傑作のひとつでもある。

「『芝浜』は、本当に素敵な嘘の物語だと思います。奥さんがやさしさで、ある出来事が夢だったと旦那に思わせようとするわけですから。いま考えているのは奥さんの嘘のつき方をどう演じるか。あと、東京の噺である『芝浜』を大阪の言葉で演じたらどうなるんだろうって。古典は懐が深いです。僕は『死神』を自分流に変えたりはしていますけど、古典を蔑ろにはしていない。伝統を重んじるからこそ、新しいものが生まれるわけで。たとえば、古典のバトンを渡された現代の落語家によって新たな表現がうまれたとしますよね。聞き手の自分がその表現に感動したのなら〝使っていい?〟と必ず本人の許可をもらうようにしています。そこは嘘をつきたくないというか、正直でありたいですから」

素敵な嘘を正直に演じる笑福亭鶴瓶。休暇先のハワイで『芝浜』と向き合ってくる予定とのことだが「でも、断念して帰ってくるかもしれません」と正直に語り、それも含めて古典と向き合う日々が楽しいと笑った。

取材・文:唐澤和也