一人で飲んでいると唐突に昔の同級生を思い出していることがある。
センチメンタルな回想、とかではない。
店に旧友に似た店員さんがいたとかお客さんがいたとか、
あるいはうりふたつのマルチーズが通りかかったとか、そんな理由だ。
今年一番の寒風が吹き荒れたその夜、中央線は荻窪の老舗の焼き鳥屋「鳥もと」で、
連れを待ちながら一人で手酌ビールをぼんやり飲む私は、
大学時代のクラスメートで九州出身のKちゃんについて思いを馳せていた。

Kちゃんはまったく人見知りをしない子だった。
困った顔をしている人を見ると放っておけない。
困ってない人も放っておけない。
「どうしたと? 元気なかと?」と人懐っこく接近してくる。
自分が知っていて友が知らないことがあると、教えずにはいられない。
「それしらんかったと? うちようしっとうばい」と親切心で迫ってくる。

小柄でいかにも上京者という不思議なファッションをしているが、
中身は商店街の世話焼きかあさんだった。
一部のファン層からは熱烈な信頼を得て、頼られていたKちゃんであるが、
私は皆と違って、おせっかいな部分はさらりと流していた。
Kちゃんの真の魅力は、その向こう側。
友を励まそうとするあまり、己の過去の悲惨話を惜しげもなく披露するところだった。
自分を振った元カレの職場に毎日熱心に(無言)電話を掛け続けたこと、
いつの間にか新恋人が出来てたこと、デート現場を張ったこと、
思わず電柱の陰から寅のごとく飛びかかりそうになったこと、
最終的に「頼むからやめてくれ…」と泣かれたこと等等。
閑話休題。

   

 













「鳥もと」は戦後の闇市の名残を残すバラックマートの焼き鳥屋として、
長いこと中央線名物となっていた。
区画整理のタイミングできれいな本店と2号店ができ、
今ではモウモウと煙をあげる当時の迫力はなくなったが、
それでも昼間から外席で酒を飲み串を頬張る人の姿は変わらない。
さらに、昔はなかったお刺身や小鉢などのつまみが増え、
ある意味使い勝手が良くなり、特に2号店には結構な頻度で足を運んでいる。
そんな「鳥もと 2号店」にKちゃんに似た姉さんがいる。
「本日のおすすめ」の真鯛のお刺身とわさび菜のおひたしの写メを撮ろうとしていると、
「お店とかでね、そうやって写真撮るの、法律で禁止されてるって知ってる?」
と不意に話しかけてきた。


















…善良な市民でありたい。
…歓迎されるお客でありたい。
根っこは悲しいほどに小心な私は、もごもごと下を向く。
すると姉さんは優しく、
「うちがダメってわけじゃないのよ。でもね、本屋さんとかでも雑誌の写真撮っちゃう人いるじゃない、
ああいうのも含めて法律でダメみたいなんですよね。気をつけなくちゃね」
と諭すように言う。
本屋のそれとは根本的に違う気がするが、私はそっと携帯をバッグにしまった。
隣に立つ姉さんとの間に気まずい空気が流れる。
メニュー表だけに全神経を集中する私。

 

 




      
   

 


   









   




こんなときに限って、あと五分で到着するという連れが一向に来ない。
店に入った時に、元気よく「二人」とピースサインで知らせたために、
姉さんは連れの分のお通しとグラスも運んで来ている。
やがて20分が過ぎ、30分が過ぎた。
瓶ビールはすでに空っぽだ。
もう一本、と言う勇気が出ない。

 

「脳内彼氏」そんな言葉が脳裏に浮かんだ。多分姉さんの頭ん中に。
「お連れさん、遅いわねえ」と姉さんが慰めるように言う。
「や、もうすぐ来るってさっき…」慌てた私はしまった携帯を再び取り出し、
証拠とばかりに連れからのメールを見せようとする。
「…ふうん、でもおかしいね。新宿にさっきいたんだとしたら…。
中央線でぐるぐる高尾とか行っちゃってたりして。心配だよねえ」

た、高尾だ?
40分が経った。
居たたまれずついにビールをもう一本頼む私。
隣席では仕事帰りらしきサラリーマンたちが焼き鳥の盛り合せを旨そうに食べている。
そう、ここはタレで食べるのが正解だ。
それも皆でわしわし賑やかに食べるのがいいのだ。
そこからさらに5分。
「ひょっとして雲の上あたりにうろうろ行っちゃってたりしてね。ふふふ」
親切なはずの姉さんが明らかに毒をトッピングし始めた。
そのうち、だんだん私は最初っから一人酒の予定だった気がした。
ぼっち酒。ああそうか、最初からぼっち酒と思えばいいのだ。
なんだかKちゃんにつれなくした過去のツケが巡り巡ってきたような気になった頃、
「ごめんごめん、ちょっと急な電話がかかってきちゃって」と連れが現れた。
「…良かったね」と姉さんが私ににっこり笑って言う。
懐かしいモーニング娘。の「青春の光」が流れる。
♪メモは破って捨てていいよ…。
なんだか姉さんの胸に抱きついて号泣したくなった。

   

 














*誰かを待つなら冷めないお刺身がオススメだよ!

<今夜のお勘定>
真鯛刺身 380円
串タレ盛り合せ(5本) 500円
からし菜のおひたし 250円
瓶ビール(中)500円×2
酎ハイ 350円×2
ねぎま 120円
砂肝 120円
合計 二人で3070円

【店舗情報】
鳥もと
東京都杉並区上荻1−7−5
13時~24時(月~土)、12時~23時(日祝) 無休 

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。