懐かしく切ない初恋を、ファンタジー要素をまぶして優しく描くミュージカル『once upon a time in海雲台』が、1月10日(火)に東京・浅草九劇で開幕する。『SMOKE』『BLUE RAIN』『ルードヴィヒ』などで知られる韓国のヒットメイカー、脚本家チュ・ジョンファと作曲家ホ・スヒョンによる小品で、日本ではこれが初演。12月末、その稽古場を取材した。
物語の舞台は1992年。東海で日の出の写真を撮ろうと清涼里駅発の電車に乗ったラ・チョンだったが、着いたのは釜山・海雲台。電車を乗り間違えてしまったのだ。終電もすでに出ていて、戻るには始発まで待つしかない。電車でチョンと親しくなった女の子、ユン・ヨンドクは始発まで彼に付き合ってあげることに。電話ボックスで雨宿りをしてドキドキ胸を高鳴らせたりと、距離を縮めていく二人だったが、そんな彼らを遠巻きに見ている謎のおばあちゃんと孫のコンビがいた。実は彼らは2050年の未来人で、おばあちゃんはこの時間を守る“タイムトレイン旅行ガイド”、孫と思われた青年は旅行者で……!?
初めて全編を通すというこの日の稽古は「楽しいお話だから、楽しくいきましょう!」という、演出の渡邉さつきの言葉からスタート。キャストはわずか4人。集中しつつも、少人数編成らしいアットホームさも伝わってくる。冒頭は列車を舞台にしたドタバタ道中という様相。これまでの作品群ではドラマティックなイメージが強いホ・スヒョンの音楽だが、今作では軽快さも魅力。ここでは旅に出るワクワク感がダイレクトに伝わってきて、楽しい。
そしてキャストの歌声が心地よいほど伸びやかだ。チョン役は山田元。甘いマスクに高身長、プリンス的役柄も似合う人だが、今回はちょっとおっちょこちょいの可愛らしい青年。これがズルいほどハマっていて、チョンの恋心に、観客はキュンキュンすること間違いなし。歌手志望ながら引っ込み思案、とある失敗を引きずってしまっているヨンドクを演じるのはMARIA-E。持ち前のパワフルボイスを存分に発揮しつつ、これまた観る者が共感してしまうだろう繊細な女の子を丁寧に作っている。軍人と謎の青年ビンの二役を演じる中村翼も確かな歌唱力とチャーミングさで作品の世界を彩り、おばあちゃん役の入絵加奈子はコミカルに笑わせたかと思いきや、物語の芯のテーマをしっとりと染みわたらせる。実力ある4人が力を合わせ、優しい世界を作り上げているのが心地よい。
作品を彩るアイテムも重要なポイントだ。ポケベル、公衆電話、カメラ、ギター、始発を待つ時間、海、日の出……。ノスタルジーを誘うアイテムが、“あの日の初恋”を甘く運んでくる。切なさと少しの痛みと、あたたかい思いが胸の中に広がるロマンチックなミュージカル。開幕はまもなくだ。
(取材・文:平野祥恵)