撮影:五月女菜穂

欠落や喪失をテーマとした作品を描き続けている作家・小川洋子によるミリオンセラー小説『博士の愛した数式』が舞台化される。

交通事故による脳の損傷をきっかけに、記憶が80分しか持続しなくなってしまった元数学者の「博士」と、彼の新しい家政婦である「私」と、その息子のぎこちないながらも驚きと歓びに満ちた日々を、美しい数式と共に描いた悲しくも温かな奇跡の愛の物語。気鋭の演出家として注目を集める「劇団た組」の加藤拓也による脚本・演出のもと、「博士」役を80歳を迎えた串田和美、「私」役を演技力に定評のある個性派女優の安藤聖、「ルート」役は元乃木坂46で現在は女優として活躍している井上小百合が務める。

実は、脚本と演出の加藤は2015年に本作を舞台化しているのだが、「はじめてこの作品をやったときは、今よりも目が届かなかった部分がたくさんあるし、今改めて取り組んだらもっといい作品になるんじゃないかと思ったんです」と話し、「原作者の小川洋子さんが書いた言葉のニュアンスは大事にしたいと思っています。空間に小説の匂いみたいなものが残るようにできれば」という。

加藤とは2019年に『今日もわからないうちに』という作品でタッグを組んだ串田。当時のことを「新しい感覚や世代と、自分がどう関わるのか。転校生みたいな気分で、すごく緊張したんですよね。もちろん楽しかったんだけど」と振り返りつつ、今回の加藤からのオファーを受けたという。「串田さんが今までやっていないことを提案していきたいです」と話す加藤に対し、串田は「それがすごい楽しみですね。怖いけど、できないかもしれないけど。長くやっていると、なかなかそう言ってくれる人がいなくなってくるから」と期待を寄せた。

加藤も串田も原作ファン。串田は「読み終わった後、いろいろ解釈したくないというか、色気が漂うというか、ミステリアスな感じがしてね。それは普遍的で、(原作が書かれて20年以上経つ)今も変わらずにあると思う」などとその魅力を話す。

なお、本作の企画制作は、まつもと市民芸術館。その点、加藤は「松本は、いろいろな文化がさまざまな場所から集まってきて、東京とは空気が違う。あの空気の中で、このように空気を大切にしている作品を立ち上げるというのは非常にいいことなのではないかなと思います」とコメントした。

松本公演は2023年2月11日(土・祝)〜16日(木)、まつもと市民芸術館。東京公演は2023年2月19日(日)〜26日(日)、東京芸術劇場シアターウエスト。

取材・文:五月女菜穂

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