『メグレと若い女の死』(3月17日公開)
パトリス・ルコント監督の8年ぶりの長編映画。『仕立て屋の恋』(89)の原作者ジョルジュ・シムノンのミステリー小説を映画化。
1953年。パリ・モンマルトルのバンティミーユ広場で、シルクのイブニングドレスを着た若い女性の遺体が発見される。真っ赤な血で染まったドレスには5カ所の刺し傷があった。
メグレ警視(ジェラール・ドパルデュー)が捜査に乗り出すが、遺体の周囲に被害者を特定できるものはなく、手がかりとなるのは若い女性には不釣り合いなほど高級なドレスのみ。被害者の素性とその生涯を探るうちに、メグレは異常なほどこの事件にのめり込んでいく。
メグレ警視といえば、ジャン・ギャバンが演じた『サン・フィアクル殺人事件』(59)『殺人鬼に罠をかけろ』(58)が有名だが、日本でも、愛川欽也が演じたテレビドラマ「東京メグレ警視」(78)があり、『名探偵コナン』に登場する警視庁捜査一課の刑事、目暮十三の名前の由来ともなった。
初めは太りに太ったドパルデューの姿に驚き、違和感があったのだが、見ているうちに慣れてきて、これはこれで味があると思い直した。しかも、これが原作のメグレのイメージに最も近いのだという。
メグレが異常なほどにこの事件に執着し、別の若い女性ベティにも肩入れするのは、果たして亡くした娘への愛の代替行為なのか、それとも若い女への欲望なのか、そのどちらもなのか。
「何を期待してパリへ?」(メグレ)「自由。刺激的な人と出会い、本を読み、美術館へ行く」「でも、実際は期待とは全く違う」(ベティ)。これは昔も今も変わらないのではないか。
そして事件の真相にも、倒錯やフェティシズムを感じさせるところがルコントらしい。思えば、『仕立て屋の恋』も『髪結いの亭主』(90)も、前作の『暮れ逢い』(13)も、倒錯とフェティシズムにあふれていたではないか。そう考えると、これは紛れもなくルコントの映画だといえる。
オーソドックスなミステリーを89分に仕上げた手際の良さ、いかにもフィルムノワールを感じさせる暗く抑えた画調も印象に残る。
『コンペティション』(3月17日公開)
映画に全く興味がない大富豪が、自身のイメージアップを図るため、一流の監督と俳優を起用した映画を製作することを思いつく。
そして、変わり者の天才監督ローラ(ペネロペ・クルス)と世界的なスターのフェリックス(アントニオ・バンデラス)、老練な舞台俳優イバン(オスカル・マルティネス)が集められ、ベストセラー小説の映画化に挑むことに。
だが、奇想天外な演出論を振りかざすローラ監督と独自の演技法を貫こうとする兄弟役の2人の俳優は激しくぶつかり合い、リハーサルは思わぬ方向へと展開していく。
映画撮影前のリハーサルを通して、困った監督と全くタイプの違う2人の俳優との三つどもえの戦いを皮肉たっぷりに描く一種のブラックコメディー。監督はガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン。
舞台劇を思わせるような3人の丁々発止のやり取りが見どころ。著名なクルスとバンデラスはもとより、これまで知らなかったマルティネスのうまさが目立った。その印象が、映画内のキャラクターと重なるところがあるし、これほどのドタバタの後に完成した映画をあえて映さないところも面白い。
何より、スペイン映画の持つ独特の明るさやシュールな雰囲気は、アメリカや他のヨーロッパの国の映画とは一味違う感じがした。
(田中雄二)