恐るべき“スネーク”たちの行動力

鬼女をはじめとしたネット上の特定班は、ときに現地へ赴いての調査も行なう。これは某有名ゲームに登場する凄腕エージェントにちなんで「スネーク」と呼ばれている。鬼女=スネークのように誤解されがちだが、鬼女に限った名称ではない。現地で潜入調査をするネット民、またはその行為自体をスネークというのだ。

スネークが活躍した印象的な事例としては、2011年の正月にお茶の間を賑わせた「グルーポンおせち事件」がある。

サイトに掲載された物とはまったく違うスカスカおせち料理が送られてきたこの件で、あるネット民が問題となった店舗を訪れてゴミの中から納品書を回収してきたという。写真付きでアップロードされた納品書によるとキャビアがランプフィッシュの卵だったり、鹿児島産黒豚がアメリカ産だったり、ずいぶん露骨な偽装表記をしていたことになる。この成果はのちに報道されたニュース内容と一致しており、2ちゃんねるのスネークがいかに有能かを広く知らしめた。

また、冒頭のしまむら土下座事件でも、当事者が鬼女のスネークによって撮影されネットに広く拡散することとなった。この撮影には100万円近い高級機材が用いられたとも言われ、鬼女の本気度がうかがい知れる。

しかし最初から不特定多数に公開されているSNSのログ収集とは違い、こうしたスネーク行為は「高度に秘匿されるべき個人情報」を積極的に暴くことにもつながるため、現実でもネット世界でも批判意見は少なくない。“知る権利”と“犯罪者への制裁”は、個人情報の保護よりも優先されるのか? 難しい問題である。

 

プロも舌を巻く特定能力

このようにありとあらゆる手段で個人や企業の情報を集め、拡散させるネット民たち。その特定能力はプロから見てどれくらいの水準にあるのだろうか。元探偵のフリーライター・有沢呉蘭氏にいくつかの写真や事例を見せ、コメントをもらった。

「この写真(しまむら土下座事件の女性が車に乗りこむシーン)、やや画質が粗い点と相手がまったく撮影者に気づいていない点から、超望遠レンズを使って撮影したと思われます。大型のズームレンズは住宅地だと目立ちますから、撮影者はあらかじめ車で乗り付けて路肩などに止め、隠れて車内から撮ったのではないでしょうか。この画質なら証拠能力は充分で、なにより被写体と車のナンバーまで同じフレームに収めた構図が見事です。探偵の仕事としては満点ですね」と有沢氏は言う。

グルーポンおせち事件でゴミを漁って納品書を入手した件については、
「探偵の世界ではガーボロジーと呼ばれる手法ですね。簡単そうに思えますが、目標のゴミをすばやく正確に回収する計画性と実行力、それに袋を開けた瞬間の鼻が曲がりそうな悪臭に耐える根性などが要求されます。法律面での是非はともかく、成果だけ見ればこれもプロ級です」

さらに、部分的には本職さえも超えているという。「テレビに映った鉄棒や木などから正確に住所を特定する能力は、おそらくプロ以上です。こういった調査は人海戦術が基本ですから、全国あちこちに多数散らばるネットユーザーの独壇場でしょう。もし探偵社がこれを計画的にやろうと思ったら、とほうもない手間とコストがかかり現実的ではありません」

有沢氏は「もちろん本職の探偵にしかやれない調査手法はとても多いですが……」と前置きしながら、「今回見せてもらった分野の特定能力はプロと同等、もしくはそれ以上のように感じました」と話す。