『TAR/ター』(5月12日公開)
ドイツの有名オーケストラで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター(ケイト・ブランシェット)。天才的な能力と優れたプロデュース力で、現在の地位に上り詰めたが、今はマーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんな中、かつて指導した若手指揮者が自殺したとの報が入り、ある疑惑をかけられたリディアは次第に追い詰められていく。
リディアは、レナード・バーンスタインの弟子で、音楽に対しては純粋で完璧主義者だが、上昇志向が強くごう慢で他人に対しては冷たい。エミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞を全て受賞し、ドイツとアメリカをプライベートジェットで往復する日々を送る。ドイツ人の女性音楽家と同居するレズビアンで、2人で移民の養子を育てている。
そんな彼女があることをきっかけに、本性をあらわにし、壊れていく…。こうした複雑なキャラクターをブランシェットが見事に演じている。
今年のアカデミー賞の主演女優賞は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 』のミシェル・ヨーが受賞したが、多様化以前のアカデミー賞なら、この映画のブランシェットが受賞していたのではないかと感じた。それほどの熱演である。
全体を考えてみても、トッド・フィールドの16年ぶりの監督作となったこの映画は2時間38分の長尺だが、リディアを中心にしたディスカッションやトーク、心理サスペンス、そしてクラシック音楽を巧みに融合し、決して長くは感じさせない。
ただ、これは最近の映画やドラマの傾向なのだが、いろいろとLGBTQに結び付けて描くところには違和感が残る。それによって物語や設定に無理が生じる場合があるし、作り手が、必ずそれを入れ込まなければならないとでもいうような、一種の強迫観念にとらわれているようにも思えるからだ。この映画も、リディアを同性愛者にする必然性があまり感じられなかった。
『MEMORY メモリー』(5月12日公開)
完璧に仕事を遂行する殺し屋として名をはせたアレックス(リーアム・ニーソン)は、アルツハイマー病の発症によって引退を決意する。
これが最後と決めた仕事を引き受けたアレックスだったが、ターゲットが少女であることを知り、契約を破棄。唯一の信念である「子どもだけは守る」を貫くため、独自の調査を進める中で、財閥や大富豪を顧客とする巨大な人身売買組織の存在を突き止める。
余命わずかとなった殺し屋が、FBIに追われながら事件の黒幕と対決するタイムリミット・アクション。FBI捜査官役にガイ・ピアース、大富豪役にモニカ・ベルッチ。監督はマーティン・キャンベル。
アルツハイマー病に侵された殺し屋というのはなかなか興味深い視点。忘れたときの用心のために腕にキーワードを書き込み、仕事が済むと消すというアレックスの姿が痛々しく哀れを誘う。
ただ、事件の描き方がいささか回りくどく、人物整理も雑なのでミステリーとしては弱いのが難点。また、テキサスとメキシコとの微妙な関係は、西部劇の昔から描かれているが、ここでもメキシコの治安の悪さが強調され、見ていてあまりいい気持がしない。
中年になってからなぜかアクション俳優となったニーソンだが、この映画のアレックス同様、最近は疲れが目立ち、悲哀を感じさせる。
それがこの映画の狙いだったのかもしれないが、そろそろアクションからは引退した方がいいのではないかと思わされた。この後、出演100本記念作品と銘打たれた『探偵マーロウ』の公開が控えているが…。
(田中雄二)