センターではなくボーダー。
 舞台の中心でスポットライトを常に浴び続けたがる者がいる。
 対照的に、舞台のへりに腰掛けて動きたがらない者もいる。へりにいるのは照れ屋だからなのかと思うとそうでもない。何かあったら客席に爆弾を投げつけてやろうと、こちらの隙をうかがっているのである。周縁にいたがるのは、その場所がもっとも観客の心臓に近い位置だからだ。
 そんなわけで平山夢明が投げつけてきた爆弾を、読者は無防備に受け止めることになった。『或るろくでなしの死』。平山夢明が2年ぶりに放つ小説である。




 

  平山夢明
  角川書店

  1,575円  







 私はこの作者を、平山夢明としてではなくデルモンテ平山として知った。デルモンテ平山は、誰も観ないようなZ級のホラー映画を観てレビューを書いていたライターだ。それらの文章を読んでもまったく映画を観る気にはなれない。まるで引導を渡すようなレビューだった。デルモンテ平山としての文章はあちこちに残っていると思うが、気になる人は現在「週刊SPA!」に連載されているコラムを読むといい。一部が本にまとめられていて『どうかと思うが、面白い』というのが題名である。倒れている亡者の頭を蹴っ飛ばすような文章で、異常に乾いている。
 気がついたときにはデルモンテ平山は平山夢明としての活動もしていた。『東京怪談』などの実話怪談集を読んだときは非常に怖かった。怪談という呼び名からは考えられないくらい暴力的で、土足で心に踏み込まれるような雰囲気があったからだ。2006年には、あちこちの媒体に発表した短篇が一冊にまとまり、『独白するユニバーサル横メルカトル』として刊行された。それはいいのだが同書はその年の「このミステリーがすごい!」で1位を獲得し、翌年には日本推理作家協会賞まで受賞する。あれよあれよという間に平山が舞台のへりから中央まで来てしまったことに驚き、初めて「この人は怖い」と思った。
 そう、平山夢明は怖い。何をしてくるかまったく予測できないからだ。

 

 『或るろくでなしの死』には七篇の作品が収録されている。どれも、社会からそれほど必要とされていない人間や、そのような人間の魂が死ぬさまを描いたものである。死にざまを描く小説であり、死んだ魂を抱えながら生き延びている人間のざまを描く小説である。たとえば「或るからっぽの死」は、人の姿が見えなくなってしまう男が主人公だ。見えなくなるのは、相手が自分に関心を向けていないからだ。憎悪にしろ好意にしろ、強い関心を抱いてくれている相手のことは見えるのである。だが、その目が元で両親が不和になり、やがて父親までが見えなくなってくる。自分に意識を向けていてくれるとわかる人間が、世の中から少しずつ消えていくのだ。この人生を、果たして生きていると言えるのだろうか。
 「或るごくつぶしの死」は、平山が実話怪談のような味わいを持つ作品である。地方から東京に出てきた男が、同郷の女をおもちゃのように扱って性の処理をし、その挙句に見たくもないものを見てしまう。人間がもののように扱われるのは平山ホラー作品の特徴でもある。「或る嫌われ者の死」や「或るはぐれ者の死」では、人間のあっけない死が描かれる。

 本書の白眉は、表題作とその次の「或る英雄の死」だろう。この2作は難産の末に生まれた書き下ろし作品である(どのくらい作者が苦労したかはあとがきに書いてあるので読んでみてもらいたい)。
 平山は2009年に発表した『ダイナー』で第13回大藪春彦賞と第28回日本冒険小説大賞を獲得しているが、その系譜に連なる、痺れるほどクールな犯罪小説である。
 もう1作の「或る英雄の死」は「ろくでなし」の対極に位置する作品で、ありえないほどにナンセンスな世界を現出させている。主人公の〈俺〉は幼いころに友人に命を助けられ、彼のことを英雄的に崇拝している。その2人がある夜、異常な体験をするのである。こうやって書くとそれなりにシリアスな小説に見えると思うが、読者が事前に予想したような物語には絶対にならない。それだけは断言しておこう。なにしろ〈俺〉が英雄と信じる友人の名前は〈ばふん〉なのである。191ページから216ページまでを読む間、私は信じられないものを見る思いで目を動かし続けた。この短篇で受けた衝撃は、筒井康隆「乗越駅の刑罰」や「走る取的」のそれと比肩しうるものではないかと思うのである。
 平山夢明、恐ろしい子……

すぎえ・まつこい 1968年、東京都生まれ。前世紀最後の10年間に商業原稿を書き始め、今世紀最初の10年間に専業となる。書籍に関するレビューを中心としてライター活動中。連載中の媒体に、「ミステリマガジン」「週刊SPA!」「本の雑誌」「ミステリーズ!」などなど。もっとも多くレビューを書くジャンルはミステリーですが、ノンフィクションだろうが実用書だろうがなんでも読みます。本以外に関心があるものは格闘技と巨大建築と地下、そして東方Project。ブログ「杉江松恋は反省しる!