猛暑が続くなか、「八月納涼歌舞伎」が今年も好評上演中だ。通常の二部制(昼の部・夜の部)ではなく、八月恒例の三部制は今年も健在。第一部(11時開演)は、人情物語の『次郎長外伝 裸道中』と、舞踊劇『大江山酒呑童子』。続く第二部(14時15分開演)は、群像劇『新門辰五郎』と、舞踊の『団子売』。最後の第三部(18時開演)は、スペクタクルな展開に心躍る『新・水滸伝』という多彩なラインナップだ。
今回は、第三部の『新・水滸伝』をピックアップ。中国の“四大奇書”のひとつ「水滸伝」をベースに、横内謙介(劇団扉座主宰)の脚本・演出、三代目市川猿之助(現・猿翁)の演出・美術・原案で2008年に初演。以降、たびたび上演を重ねている人気作だ。12世紀の中国・北宋を舞台に、兵学校の教官を務めた身ながら、今は天下一の悪党となった林冲(中村隼人)の波乱の運命を描く。朝廷の重臣・高きゅう(浅野和之)に向かって、盗賊の晁蓋(市川中車)ら梁山泊の仲間たちと戦いを挑むスケールの大きさが見どころ。歌舞伎にミュージカルの要素を加えたような趣きも魅力だ。
中村隼人が演じる林冲は、酒におぼれる前半から一転、かつて掲げた「替天行道」(天に替わって道を行う志を抱け、の意)を思い出し立ち上がる後半まで、堂々のヒーローぶり。中国風の衣裳やマントもピタリとハマり、高きゅうらとのスピード感ある立廻りや、“飛龍”に乗っての宙乗りで魅せる。そんな彼の教え子で、今は朝廷軍の兵士となっている彭き(市川團子)は、まっすぐな瞳で師を慕う姿が印象的。ある行動を起こす彭きと、その想いを受け止める林冲のシーンでは、客席からすすり泣きが漏れていた。
他にも、梁山泊の盗賊仲間であるお夜叉(中村壱太郎)や、李逵(中村福之助)の、粗暴だが温かさがにじむ佇まい。王英(市川猿弥)と女戦士の青華(市川笑也)の微笑ましい恋の行方や、朝廷側ながら葛藤を垣間見せる高きゅうの側近・張進(中村歌之助)など、演者たちの見逃せないシーンが満載。最後までその世界観に引き込まれた。
第一部の『裸道中』では、博徒・勝五郎(中村獅童)と女房みき(中村七之助)の、貧しくも仲の良い夫婦ぶりに笑い、清水の次郎長(坂東彌十郎)と女房お蝶(市川高麗蔵)の情け深さに胸が迫る。第二部『新門辰五郎』での辰五郎(松本幸四郎)と会津の小鉄(中村勘九郎)の矜持と男同士の絆など、歌舞伎ならではの人情をじっくり味わえる八月となった。
取材・文:藤野さくら