現代の視点を取り入れ、歌舞伎上演の新たな可能性を発信してきた「木ノ下歌舞伎」の代表作のひとつ『勧進帳』が東京芸術劇場にて上演される。歌舞伎の名作を大胆に再構築した本作について、監修・補綴を務める木ノ下裕一に話を聞いた。
木ノ下は自らの創作を「古典をかきわけ、その先で見つけたものに“現代”を感じる瞬間があるんです。かきわけた地面の底に鏡が貼ってあって、そこに自分の顔が映し出されるような感覚です」と説明する。
「勧進帳」で言えば、義経に対する弁慶の“忠義”、そして彼らの正体を見破りながら、騙されたふりをして見逃す関守・富樫の“情”を描いた物語として語られがちだが、木ノ下が着目したのはそこではない。原作を掘り起こす中で見出したのは、様々な形で現れる“境界(ボーダー)”の存在だった。
「原作の長唄に『今またここに越えかぬる人目の関』という詞章があるんです。かつて、人目を忍んで恋をした弁慶が、いま再び世間の目を避けながら関所を越えようとしているという意味ですけど、確かにこの作品、いろんな“関”が出てくるんですね。義経らが越えようとする“国境”という意味での関所はもちろん、義経と弁慶の主従の間にも絶対に越えられない一線があるし、富樫と義経らの間にも敵味方という境界線がある。これをテーマに“境界(ボーダー)の物語”として新たな『勧進帳』が描けるんじゃないかと思ったんです」
この“境界線”の存在もまた現代社会の中で時間と共に変容する。2010年の初演、2016年の再創造を経て、2018年にも再演された『勧進帳』だが、社会の変化と共に常にアップデートされていく。
「2016年、18年の頃はまだ“分断”という言葉が新しかったですよね。『分断を生む』という言葉によって分断が顕在化し、認識されるような感じでした。でも2023年のいま、分断が存在することは当たり前で、それをどうすべきか? ということを考えなくてはいけない中で解釈や演出も確実に変わります。例えば入管や移民の問題は、いま『勧進帳』を上演するならば、しっかりと勉強した上で押さえていかなくてはいけない問題だと思っています」
演出を務めるのは杉原邦生。「僕が思う杉原さんのうまさは、エンタメ性と批評性のバランスの良さだと思います。相反するものとされがちだけど、本当に素晴らしいエンタテインメントは批評性も高いし、批評性が高い作品はエンタメをまぶしてないと面白くない。せめぎあいの中でその両立ができるのが杉原さんの特徴」と全幅の信頼を寄せる。
2023年を生きる我々の心をどのように揺さぶってくれるのか? 完成を楽しみに待ちたい。
取材・文:黒豆直樹