2023.4.19 /東京都千代田区のプレジデント社にて

【東京・平河町発】『プレジデント ウーマン』の読者対象がハイキャリアの働く女性ということもあり、女性の働き方やそれをめぐる組織のあり方について、木下さんの舌鋒は鋭い。いまだに「ガラスの天井」によって女性の昇進が阻害されている状況が珍しくないなか、クォーター制などを積極的に取り入れるべきと語る。でも、それはおそらく、強力な女性リーダーを養成すべきという文脈ではなく、企業や組織に女性リーダーがふつうに存在し、特別視されない社会をつくるためのプロセスなのだろう。

(本紙主幹・奥田芳恵)

女性向けメディアのキーとなるのは

共感とリアリティ

木下さんは2005年にブリティッシュコロンビア大学の大学院を修了し、プレジデント社に再入社されるわけですが、このときはどんな部署に配属されたのですか。

留学直前に異動になっていた『プレジデント』編集部です。

『dancyu』時代も同様だと思いますが、雑誌編集の仕事というのは、長時間勤務だったり時間的に不規則というイメージがありますが……。

新聞や週刊誌はそういうところがあるかもしれませんが、当社の場合はそこまでではありませんでしたね。当時は作業工程の都合で夜勤はありましたが、夕方に出社して朝帰るというだけですから、徹夜続きみたいなことにはなりません。

いまは、22時以降の勤務は禁止となっています。

管理職になってからは自分でマネジメントできることが増えたため、むしろラクになりましたね。

管理職になったのは何歳のときですか。

39歳です。このとき『プレジデント』の副編集長になりました。

その後、経営者向けでやや男性的な『プレジデント』から女性を読者対象とする『プレジデント ウーマン』に移られますが、そのときどんなことを意識しましたか。

不安をあおるようなセンセーショナルなタイトルをつけたり、下品な言葉を使わないということをまず意識しました。

同じテーマであっても、言葉を選ぶということですか。

『プレジデント』のデスクをしていたとき、“金持ち老後・貧乏老後”という特集を組んで、その号は記録に残るほどよく売れたのですが、『プレジデント ウーマン』ではこのようなタイトルはつけられません。

同じお金に関する記事であっても“お金に愛されるためには”的な、マイルドなタイトルが求められるのです。

なるほど、女性が受け入れやすい表現が求められるのですね。そのほかに、女性誌の特徴を出すために考えたことはありますか。

ひと口に女性といっても、いろいろな属性の人がいることを意識しました。同じ働く女性であっても、独身・DINKs・子持ちでは、それぞれの事情は異なってきます。さきほどの例もそうですが、お金に関する記事であれば、その属性別にシミュレーションするなどの工夫をしましたね。

読者対象は基本的にハイキャリアの働く女性ですが、あまりターゲットを絞り込みすぎないようにはしています。

そうした読者を対象とした際、企画の軸となるものはどんなことでしょうか。

共感とリアリティですね。たとえば、いつ結婚するべきかとか、ワンオペ育児の悩みとか、女性特有の病気についてとか、身近な「あるある」の悩みや迷いに寄り添い、共感してもらうことですね。

働く女性の悩みを解決する、と……。

解決策の提示というのではなく、あくまで寄り添う感じですね。多くの女性は答えを聞きたいのではなく、聞いてほしいという欲求のほうが強いですから。

読者の声は、どのような形で集めるのですか。

いまはオンラインメディアとなっていますが、雑誌があった頃はハガキやイベントの場などでご意見をうかがいました。また、身近なママ友に表紙を見てもらったこともあります。

「男より男らしい」と思われたい

女性などどこにもいない

『プレジデント ウーマン』の編集長に就任されて、意識したことはありますか。

表紙のモデルは、キャリア感が出ながら、きつい感じではなく、凛として読者が共感できるような表情の写真を選ぶようにしました。「キャリア女性はきつい」「にっこり笑わない」という意見もありましたが、読者が憧れるのはそういう女性ではないと思ったからです。

肩肘張ったスタイルではないと。

いまの読者は「ああはなりたくない」と感じます。いくらハイキャリアの女性であっても「男より男らしい」とは思われたくないでしょう。男性中心社会で、これまで女性は男性の3倍働かなければ昇進できないなどと言われましたが、そこまで優秀でもない男性でもふつうに昇進しているのに、女性だけ強く優秀な人でないと上がれないのはお

かしいです。

木下さんにはダイバーシティに関する著書もありますが、いまの企業や組織に必要なことはどんなことだとお考えですか。

誰もが働きやすい状況をつくったうえで、イノベーションを起こすことですね。そして決定権のある役職や部門に、女性やマイノリティ、つまり外国人や障害者なども起用すべきだと思います。

そうでないと、当事者でなかったり本質を理解していなかったりする人が、物事を決めることになってしまいます。

今後、メディアを通じて発信していきたいことを教えてください。

いまの『プレジデント ウーマン』はオンラインメディアのみですが、それを通じて女性目線の情報発信に注力していきたいですね。

「プレジデント ウーマン ストア」で販売する商品をメーカーと共同開発した際、女性が使う商品にもかかわらず、女性目線が反映されていないものがとても多いことに気づきました。そうしたことを踏まえ、「プレジデント ウーマン リーダーズサロン」を発足させて、そこから女性リーダーの声を発信していきたいと思っています。各種イベントを開催したり、また、不定期ですが書籍も出していく予定です。

木下さん個人としての今後は?

私は経営管理の仕事が好きなので、今後も女性リーダーとして仕事を続けていきたいと思っています。もともとは編集職ですが、あまり現場の仕事には固執していません。プロジェクトマネジャーとしてみんなと一緒に働きたいですね。

お話を聞いていると、木下さんはひとりで何でもできるスーパーウーマンに思えてきます。

いいえ、そんなことはありません。苦手なことは人にやってもらいますし、わからないことは部下や他業種の人からも教えてもらいます。身体が弱く、寂しがり屋だから、ひとりですべてをこなすことなどできません。

ただ、さきほど申し上げたように、決定権に関与できる女性はまだまだ少ないという現実があります。女性リーダーが特別な存在でなくなるまで頑張っていきたいですね。

私も女性リーダーのひとりとして、これからの木下さんのご活躍をとても楽しみにしております。

こぼれ話

「家庭と仕事との両立において『こうあるべき』に囚われすぎないで…」。1on1ミーティングなどの機会をみて、子育て世代の社員にはこう伝えるようにしている。とくに優秀な社員は自分に厳しく、罪悪感を抱きながら働いている人が多いと感じているからだ。子どものお絵描きにつき合ってやれなかった、仕事を残して保育園に迎えに行かなければならない、夕食はお惣菜を買ってきて済ませてしまった。理想と現実のギャップは大きく、できないことに目を向ければきりがない。かく言う私も「罪悪感」と戦ってきた1人。痛いほどわかる。子育てにおいて、私でなくてはならないという局面はそれほど多くないから夫を信頼して任せればよい、ということを自分に納得させるのにも少し時間を要した。理想の母親像やアンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)が影響しているのだろう。自分が大切にしたいことは何かを少しずつ整理して仕事と子育ての両立を模索する中で、無駄な「罪悪感」を感じずに過ごすことができるようになってきた。とはいっても、まだまだ悩みは多く、奮闘中といったところである。

木下明子さんは「ひとりですべてをこなすことはできないから、苦手なことは人に頼り、わからないことは部下などに教えてもらう」ことを実践してこられた女性リーダーだ。家事については、親しかできないこと、他人でもできることを整理し、上手に家事代行サービスを活用しておられる。洗濯や掃除などの家事は家事代行サービスを使って、休む時間や仕事の時間を確保することを勧めている。仕事においても、チームで働くことを意識していて、全員で物づくりをしていくことを楽しんでおられる。そう、すべてを自分1人でこなさなくてもいいのだ。何でもできそうな木下さんがさまざまな人を上手に頼り、自然体で家庭と仕事を両立している姿は、いわゆるバリキャリではないこれからの女性リーダー像を表しているようにみえる。

強く優秀な女性だけが昇進していくのではなく、実力がない女性を引き上げるのでもなく、男女ともに個人の実力を正当に評価して普通に女性リーダーが存在するようになるためには、木下さんのような女性リーダーの活躍や発信力は大きな力となる。木下さんは、情報発信という武器で、これからも女性リーダーが特別視されない社会の形成に貢献していかれることだろう。女性リーダーの偉大な仲間を得たような取材ができたことを心から嬉しく思う。

(奥田芳恵)

心に響く人生の匠たち

「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。

奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。