別所哲也

 別所哲也が主演する舞台「マーク・トウェインと不思議な少年」が9月9日から上演される。本作は、文豪マーク・トウェインが書いた「マーク・トウェインの人生」というノンフィクションと、彼の書いた小説「不思議な少年」というフィクションが舞台上で交錯するオリジナルストーリー。俳優として数々の映画・ドラマ・舞台に出演し、幅広い役柄を演じるだけでなく、映画祭のアンバサダーや審査員、国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア(SSFF & ASIA)」の主宰を務めるなど、エンターテインメント業界に広く貢献する別所に、本作への思いを聞いた。

ー初日に向けて、現在、稽古真っただ中だと思いますが、手応えは感じていますか。

 ビンビン感じてます(笑)。最初に(演出の)G2さんが本読みを丁寧にやってくださったので、スムーズに進んでいると思います。本読みの段階で、G2さんがさまざまなニュアンスや方向性を教えてくださったので、ふに落ちた状態でスタートできました。ただ、このお芝居は多重構造になっているので、立体的に動き出すと難しい部分もあります。僕が演じるサム・クレメンズ(マーク・トウェインの本名)の分身のような、不思議な少年が登場するのですが、どこまでが虚実なのか、今、少しずつ検証している状況です。すごく楽しい作業をしています。

ーサム・クレメンズ(マーク・トウェイン)を、今現在、どのような人物だと考えて演じていますか。

 アメリカ文学を代表する作家の“マーク・トウェイン”は、サム・クレメンズのペンネームなので、僕が演じるのは、サム・クレメンズ自身になります。彼は、自分が生み出したはずのマーク・トウェインに対してライバル心が生まれ、自問自答していきます。ある意味、自分が作り出したモンスターが一人歩きしてしまっているような感覚があったんだろうと思います。僕たち俳優の仕事もそうですが、世の中に、イメージや印象が先行して受け入れられていくことってあると思うんですよ。芸能界でなかったとしても、例えば“父親”だったり“学校の先生”“部長”だったり、皆さんがそれぞれの役割や立場に合った物言いや態度になると思いますが、それによって生まれたイメージが一人歩きして、本当の自分とはかけ離れていくような感覚です。そうした出来事と葛藤しているキャラクターなんだなと思います。

ーそうすると、理解できる、共感できるところも多いキャラクターですか。

 そうですね。きっと皆さん、マーク・トウェインという人物を見ながら色々なことを思うのではないかと思います。「本当の自分はそんなんじゃないんだけど、周りからはそんなふうにも見えるのか」とか。例えば、学級委員長になったなら、その時々で求められるリーダー像に自分を一生懸命、当てはめようとすることってあると思いますが、そうした体験に似ているかもしれないなと思います。それが、マーク・トウェインという偉大な作家の中で起きていて、そうした芝居をキャストの皆さんと一緒に作っていこうと思っています。

ー別所さん自身も自分のイメージと本当の自分が違うことに葛藤することはありますか。

 若かりし頃は“トレンディ俳優”という役柄を担っているところもあったりしましたから、イメージで見られることもありましたし、「本当の自分はそうじゃないんだ」と思うこともありました。それは後日、過ぎた日を振り返った時に感じられるものだと思いますが。

ーでは、作品の見どころを教えてください。

 G2さん、そして出演者、スタッフ全員が、緻密に組み立てていくお芝居になっています。見どころは、やっぱりサム・クレメンズという人間を中心に起きるそのアンサンブルです。多重四重奏とは言いませんが、そんな感覚の世界を楽しんでいただけたらうれしいです。ピアノ1台で奏でられている音楽もものすごく美しいので、そこもぜひご注目ください。ミュージカルとはまた違う、今まで見たことがない演劇体験をしていただけるのではないかなと思います。

ーところで、映画界にも多大な貢献をしている別所さんですが、舞台作品に出演することについては、どのような思いがあるのですか。

 僕は、舞台俳優として大学時代に英語劇でスタートし、その後に舞台、そして映画デビューをしていますので、舞台は自分の原点で、一生取り組んでいきたいことです。サム・クレメンズという人も実業家で、出版社を作ったり、さまざまな会社に出資したり、世界中を旅しながら旅行記を書いたりしている人なので、自分の中ではそうした彼の姿にはとても共感できます。自分も舞台俳優として、一生俳優でありたいという気持ちが中核にあり、その気持ちが映画を作ったり、映画祭を開催したりすることに枝分かれしているという感覚です。もちろん映像も大好きですし、映像作品に携わることもずっと続けていこうと思っていますが、原点は舞台の仕事なのだと思います。

ーそうすると、舞台作品をプロデュースする、舞台作品を作ることにも興味があるのでは?

 もちろんやってみたいという思いもありますが、舞台の演出家やプロデューサーの方を見ていると、俳優の集中力以上にものすごく大変な作業をされていらっしゃるので(苦笑)。本当にあらゆることをやらなければいけないので、大変なことも多いでしょうし、尊敬しています。もちろん、1つのものを積み上げて、作品を作っていくことに興味はありますが。

ーコロナ禍が落ち着いた現在、舞台業界も少しずつ通常運転を取り戻してきたのかなと思います。アフターコロナの今の舞台業界、舞台作品については、どのような思いがありますか。

 人と人がつながれない状況になった時、演劇は何とも脆弱(ぜいじゃく)なものなんだなということを痛感しました。人が集えなければ、何もできないんですよね。一方で、だからこそ、今やることに貴重な意味があるとも感じました。今後、ますますバーチャルやオンラインでできることが増えていくと思いますし、利便性を考えればそれもまた良いことだと思いますが、だからこそ余計に、同じ空間で、同じものを分かち合い、同じ気持ちを味わい、そして笑ったり、触れたりすることがどれほど人間らしくて、大切なことなのかを感じました。そうしたものが凝縮されたのが、演劇体験にあるような気がしているので、これからどんどんかけがえのないものになるのかなと思っています。そう考えると、本当は今のチケット代の10倍くらいの値段の価値があるのかもしれないと思います(笑)。

ー別所さん自身は、舞台の上で芝居をする、舞台に立つことの面白さや魅力は、どういったところに感じているのですか。

 人が集って一緒に息を飲み、呼吸をし、笑い、泣き、拍手をする。そういう体験ができることです。例えば、帝国劇場のような大劇場だと、開幕前に2千人の熱気で緞帳(どんちょう)が押されるんですよ。空気圧でそうなるのですが、お客さまの舞台に対する気持ちが乗って、緞帳のラインをグッと(ステージ側に)押しているんだと思うと、それを見るだけでゾクゾクします。舞台上に立って、何かを一緒に生み出し、分かち合う感覚を共有できた時は、ほかにはない体験ができます。

ーでは、映像作品の魅力はどこにあると思いますか。

 映画というものは、カット割りを考えながら撮影するなどして、緻密に設計して組み立てたものが画面上に出た時に、その画面から派生してお客さまに響く。それもすごいことだなと僕は思います。しかも、それは再現性を持っている。その時代の空気や考え方、その時にいる人間の年齢や俳優のお芝居を真空パックにして何十年も何百年も残るというのは、大きな魅力だと思います。映画は、100年後にも撮影当時の空気感と同じものを見ることができるんです。演劇は逆にその時だけというはかなさがある。もちろんDVDになったり、配信があったりもしますが、劇場という場で感じた体感は、どうやっても再現されないので、そこが魅力です。それぞれに魅力があると思います。

(取材・文/嶋田真己)

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舞台「マーク・トウェインと不思議な少年」[/caption] 舞台「マーク・トウェインと不思議な少年」は、9月9日~24日に都内・新国立劇場 小劇場、9月30日~10月1日に大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールで上演。