どの製品も十分きれい。サイズと値段で選ぶだけ。テレビの性能競争はある面で一定の水準に達した。地デジ化、4K化が進み、品質は行くところまで行ってしまった感がある。しかし、これまでとは別のアプローチでテレビに新たな価値を付加しようと奮闘する、テレビメーカー2社の試みを紹介する。 これまでにない機能で品質向上にチャレンジしているのがTVS REGZAだ。昨年7月以降ほとんどの月でトップの販売台数を記録し絶好調。その同社が今春の新モデルで繰り出したのがミリ波レーダー搭載テレビだ。車の自動運転技術にも使われているミリ波レーダーを、なぜテレビに搭載したのか。石橋泰博 取締役副社長は「視聴位置を特定したいというのはずっと課題だった。ミリ波レーダーはそのために活用する」と話す。視聴者がどこにいるかが分かれば、さまざまな最適化が可能になるという。まず距離だ。画面に近いのか、遠いのかによって、映像の見え方は変わってくる。距離に合わせて映像を出し分けることができれば、視聴者にとって最適な状態をつくりだすことができる。
今春発売した有機ELテレビの「X9900M」とMini LED液晶テレビの「Z970M」の両シリーズに、このミリ波レーダーシステムを搭載した。画面の高さの1.5倍程度、55インチのテレビなら1m強の距離で視聴している場合は、映像のノイズが見えやすくなる。そのため、より強力なノイズ除去をかけきれいに見せる。一方、画面の高さの4倍程度、つまり55インチのテレビで3m弱の距離まで離れると、コントラストが弱くぼんやりみえる傾向がある。そのため、精細感とコントラストを高めて映像にメリハリをつける。視聴者の状態をテレビが感知し自動で画質を調整するわけだ。
ミリ波レーダーは音質の向上にも貢献する。画面に向かって中央にいるのか、左寄りなのか、右寄りなのかで、音の聞こえ方は微妙に変わる。スピーカーと耳の距離が異なり、音が耳に届く時間がずれるからだ。そのわずかな差が音の濁りを生む要因になっているという。視聴者が中央にいる場合は問題ない。しかし、左右どちらかにずれている場合は、そのずれを計算。左右のスピーカーの音が同時に視聴者に届くよう、音を出すタイミングを微妙に調整することで音の濁りを減らす。左右の位相を調整するわけだ。人の位置を検出して位相を自動的に調整するシステムは、ほかに聞いたことがない。
一方、8月に有機ELテレビで久々にトップシェアを奪還したパナソニックは、全く別のアプローチで新たな価値をテレビに吹き込む。同社が展開するテレビのラインアップ「くらしスタイル」シリーズは、「アンテナ線がない」のが特徴だ。ポータブルテレビ「プライベート・ビエラ」シリーズで培ったノウハウを投入した。テレビ本体とチューナーを分離させ、アンテナ線はチューナーユニットに接続。チューナーとテレビ本体は無線でつなぐことで、テレビの設置場所が自由に選べるようにした。例えば、スマートフォン(スマホ)は完全にワイヤレスだ。その利便性は誰もが経験している。同社が展開するポータブルテレビは、防水で家中どこにでも持ち運べ、スマホに似た感覚で動画コンテンツを楽しめる。HDDレコーダー内蔵タイプのチューナーユニットもラインアップし、録画視聴のデバイスとしても利用できるよう工夫している。
壁掛け用に開発した「ウォールフィットテレビ」もユニークだ。薄型テレビ登場当初から、壁掛けスタイルはある種のゴールだった。しかし、思いのほか本体が重く厚みがあるなどで、実際には壁掛けで利用するのは難しかった。ウォールフィットテレビは、本体の厚みがわずか3.1cmで薄いのもさることながら、独自開発した壁掛け用の専用金具が秀逸だ。5本から10本の細いピンで金具を壁に固定する方式を採用。強度に不安のある石膏ボードでも、力をうまく分散させることで壁掛けができるようにした。壁と本体の隙間もごくわずかだ。こちらもチューナーユニット分離型なので、アンテナ線がなく、自由な場所に設置できる。
テレビ市場は、コロナ禍特需の反動減に苦しんでいる。しかし、新たな視点も加えてテレビの価値を高めていけば、需要を喚起し市場はおのずと回復に向かうことになるだろう。(BCN・道越一郎)