歌舞伎座で上演中の「錦秋十月大歌舞伎」は、昼の部・夜の部共に古典の名作から新演出の演目まで、ゆっくりと文化芸術を楽しむ秋にふさわしい作品が並んだ。昼の部(11時開演)は、鶴屋南北らしいケレン味が味わえる『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』と、山田洋次監督の新演出による『文七元結物語(ぶんしちもっといものがたり)』。夜の部(16時30分開演)は、ふたりの力士のやりとりを描いた『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)角力場』と、菊の精たちの華やかな舞踊『菊』、ご存じ黄門様が活躍する『水戸黄門 讃岐漫遊篇』だ。
今回は、日本を代表する名監督・山田洋次が、落語家・三遊亭圓朝の人情噺『文七元結』をもとに脚本と演出を一新して贈る『文七元結物語』をピックアップ。腕の立つ左官の職人だが博打好きの長兵衛には中村獅童、その女房・お兼には寺島しのぶという絶妙な配役にも注目だ。物語は、吉原「角海老」の前にみすぼらしいなりをした少女・お久(中村玉太郎)が現れるところから始まる。女将のお駒(片岡孝太郎)がなぜ来たか問うと、実の父・長兵衛が酒と博打で身を崩し、借金を重ねた挙句、優しい義理の母・お兼に手を上げるのを見かねて身売りをしにきたのだと答える。あかぎれの手を震わせながら話すお久と、吉原の女将らしく貫禄を漂わせながらも、少女の訴えに真剣に耳を傾けるお駒の表情が胸を打つ。
場面が変わって長兵衛の家では、今日も博打で負けて着物まで取られた長兵衛が。そこへ、お久が帰らないのを心配して探しに出ていたお兼が戻ってくる。長屋の女房たちとしゃべりながら登場した寺島は、いかにも貧乏長屋の女房らしいこしらえ。お久のことを心から想いつつ長兵衛をなじる姿は、歌舞伎の舞台に溶け込みながらも、芯の強さを感じさせる佇まい。人はいいのだが甲斐性なしの長兵衛に扮した獅童も絶品で、寺島とのあうんの呼吸が楽しい。演出に加え舞台セットや照明にも山田監督の手腕が光り、人情の機微を描く名作『文七元結』の魅力を改めて感じた。
その他、尾上松緑が躍動する『天竺徳兵衛韓噺』や、人気力士に扮する獅童と坂東巳之助の対比が面白い『角力場』、秋にピッタリなモチーフの舞踊『菊』など、多彩なラインナップ。坂東彌十郎が水戸光圀公に、中村福之助と中村歌之助が“助さん格さん”に扮する『水戸黄門』は、48年ぶりの上演。どれも見逃せない十月となった。
取材・文:藤野さくら