『愛にイナズマ』(10月27日公開)
26歳の折村花子(松岡茉優)は幼い頃からの夢だった映画監督デビューを目前に控え、気合十分。そんなある日、花子は魅力的だが空気が読めない舘正夫(窪田正孝)と運命的な出会いを果たす。
だが、花子は理不尽な理由で監督の座を降ろされ、失意のどん底に。正夫に励まされ、泣き寝入りをせずに闘うことを決意した花子は、10年以上音信不通だった“どうしようもない家族”のもとを訪れ、父の治(佐藤浩市)、長兄の誠一(池松壮亮)と次兄の雄二(若葉竜也)にカメラを向けて、映画を撮るという夢を取り戻すべく反撃を開始する。
『舟を編む』(13)『アジアの天使』(21)などの石井裕也監督がオリジナル脚本で描いたコメディードラマ。全体を「プロローグ」「チャプター1・酒」「チャプター2・愛」「チャプター3・カメラ」、「チャプター4・家族」「チャプター5・お金」「チャプター6・神様」「チャプター7・雷」に分けているところは小説風だが、実はカメラを回すという行為をひたすら見せる作品。
前半(約1時間)は、時折映る父以外は全く家族を登場させずに、あらゆるものにカメラを向ける花子の姿を描き、後半は一転して、父や兄にカメラを向ける花子の行動を通して家族の姿を描くという、二段構えの構成がユニークだ。
そして花子にカメラを向けられた父と兄たちの三者三様の反応(演じる役者たちの好演)、「カメラを向けられると人は演技をする」「演技はうそではなく真実」などのせりふから、映像の本質が浮かび上がってくるところがある。
また「家族ってよく分からなくて面白い」という正夫のセリフが象徴するように、撮られることによって徐々に家族の本音があらわになってくるところがまた面白い。
特に、ラスト近く、雷による停電の中、ろうそくを持った佐藤が、子どもたちを見ながら笑顔を浮かべるシーンが心に残る。そして花子の映画のタイトルが「消えた女」(母)から「消えない男」(父)に変わるところが、家族の変化を象徴する。
映画作りの裏側、脇役・益岡徹の存在、ウィキペディア、コロナ禍のマスク、恐竜オタク、赤へのこだわりなどの、ディテールも楽しい。
『ドミノ』(10月27日公開)
ダニー・ローク刑事(ベン・アフレック)の最愛の娘が行方不明に。ロークは心身のバランスを崩したが、正気を保つために仕事に復帰する。そんな中、銀行強盗を予告する密告があり、現場に向かったロークは、そこに現れた謎の男(ウィリアム・フィクトナー)が娘の行方を知っていると確信する。だが、男は周囲の人々を意のままに操って逃亡する。
打つ手がないロークは、占いや催眠術を熟知するダイアナ(アリシー・ブラガ)に協力を求める。彼女によれば、ロークが追う男は相手の脳をハッキングしているという。彼女の話す“絶対に捕まらない男”の秘密に、ロークは混乱するが…。
原題は「催眠術(=Hypnotic)」。ロバート・ロドリゲス監督が「観客には何が現実なのか分からないところが面白いと思う」と胸を張るように、事象が目まぐるしく変化し、どんでん返しが連続する多重構造のストーリーや、それに伴う仕掛けも秀逸。しかも、映画の特性である、同じ場面を違った角度(視点)から何度も見せることができるという利点も生かしている。
ところで、ロドリゲス監督は「謎が謎を呼ぶドミノのような展開は、アルフレッド・ヒッチコックの諸作からインスパイアされた」と語っているが、こちらは、クリストファー・ノーラン監督が時間の逆行を描いた『メメント』(00)や『TENET テネット』(20)、相手の潜在意識に入り込み思考を植えつける『インセプション』(10)、あるいは運命調整局の存在を描いたジョージ・ノルフィ監督の『アジャストメント』(11)といった、類似性のある作品のイメージが頭に浮かんだ。
ただ、それらに比べると、複雑な話を94分にまとめた手際の良さが光るこの映画には、よくできたB級のSFやサスペンス映画が持つ味わいがあると感じた。
(田中雄二)