明治37年、福井県足羽郡麻生津村。大阪で働いていた庄屋の次男・幸八(森崎ウィン)が帰郷し、兄の五左衛門(小泉孝太郎)に、村をあげて眼鏡作りに取り組まないかと提案する。明治時代の福井県を舞台に、同地の眼鏡産業の礎を築いた人々の愛と情熱を描いた『おしょりん』(田畑を覆う雪が固く凍った状態を指す福井の方言)が、11月3日から全国公開される。庄屋の次男で、村での眼鏡作りを提案する幸八を演じた森崎ウィンに話を聞いた。
-森崎さんはミャンマーの出身ですが、こうした日本の明治時代の話の映画に出ることについての感慨はありますか。
僕がミャンマー出身の、100パーセントミャンマー人という中で、日本でエンターテインメントに出合って、その国の歴史的な人物の1人を演じるというのは、俳優としてというよりも、人間ウィンとしてすごく感慨深いと思いますし、すごく面白いところに来たなと勝手に思っています。それだけ自分が日本に染まってきたということでもあり、日本のカルチャーが自分の中に入ってきていると思いつつも、何かどこかでちょっと面白いなとも思っていて。でも、まあ光栄なことですよね。
-面白いとは?
これから大河ドラマにも出るんですけど(『どうする家康』の徳川秀忠役)、教科書で僕らが見ていた人を演じるのがミャンマー人というのが面白いじゃないですか。そういうことも関係ないよねというところに時代が来たなと勝手に思っていて。だから面白いなと。
-今回は福井の方言のせりふも多かったですが、難しかったですか。
難しかったです。やっぱり方言というのは、本当に、生まれながらに身についているものなので。そういう意味で言ったら、地方の作品をやる時は、その地方出身の俳優を使ったりすることも多いと思いますが、今回は、僕は全く縁も所縁もなかったので、役をやる上で、事前に方言を練習したり、レッスンを受けたりもしました。ただ、方言が本物っぽくなり過ぎてしまうと、逆に何を言っているのか分からない。これは映画だから、少しだけニュアンスを入れていくことに着目していこうという進め方でした。あとは、地元の方がたくさん手伝ってくださったので、「これで合っていますか?」とすぐに聞けました。
-以前、ある俳優さんにインタビューした時に、「外国語と日本語ではリズムが違う。ただ、それを捉えてやれば、割とそれっぽく聞こえる。大事なのはリズム。歌手の人が演技をすると上手なのはリズムを捉えているから」と聞いて、森崎さんは歌も歌うので、そういうこともあるのかなと。
それはちょっとあるかもしれないですね。耳がいい。あとはリズムとか。おっしゃる通り、多分音楽性みたいなところが多分にあると思います。人がしゃべっているのを聞いて、「あー、こうやってしゃべるんだ」とか、どこかで勝手にインプットしている。言葉の意味よりも、まずリズムで覚えて、雰囲気でこういうふうに使うんだなと覚えていると思うんです。
-今回の役は、山師というか、ちょっと人を乗せるようなところもある役でしたが。演じる上で気を付けたことはありましたか。
幸八は、山師的なところもありますが、真っすぐなことをします。ただ、今から思えば眼鏡を作るのはいいことだと想像ができますが、当時としては「こいつ何を言っているんだ」となりますよね。例えば、今僕が「タイムマシンを作りましょう」と言ったら、「こいつやばいな」となるような感覚だと思うんです。だけど幸八は「いや、理論的にはこうだから、絶対にできる」と兄を説得するんです。その真っすぐさは、僕自身も持っているところがちょっとあって。僕は山師じゃないですけど(笑)。そういう意味では、多分その真っすぐさを買ってくださって、キャスティングをしていただいたのかなと思っています。だから、方言の練習をのぞいては、あまりキャラクターをこういうふうにしようというのはなかったです。もうとにかくストレートにぶつかっていくことだけに重きを置いていました。
-この映画には、眼鏡作りのハウツー物みたいなところもありましたが、演じてみて何か感じたことはありましたか。
眼鏡に限らないと思うんですけど、日本人の気質というか、日本人が持つ特徴だなとすごく思ったのは、こんなに小さいところの、金具のここを変えて、鼻が痛くないようにしてとか…。多分ミャンマー人にはできないと思います。手先の器用さもそうですが、そこに気が付くマインドは、日本の物作りの根本にある大きな特徴であり、強みだとすごく感じました。眼鏡を作っているシーンは、撮影に行っていないので分からないですけど、完成作を見たらこんなに細かくやるんだと。しかも全部手作りですから。すごいことをやったなというのが実感です。
-義理のお姉さん役の北乃きいさんと、お兄さん役の小泉孝太郎さんとの共演はいかがでしたか。
きいちゃんも小泉さんも本当に気さくな方でした。僕がテレビなどに出始める前から見ていた方たちなので、そういう意味では、その方たちと共演できるというのはすごくうれしかったです。何より、現場ですてきな俳優さんと一緒にいると、自分で「俺も芝居できてるじゃん」と勘違いしてしまうぐらい、引っ張ってくれるので、そこは感謝しています。あと、やっぱりいい俳優って人間としてもいいんですよね。面白い人たちなんです。
-この映画の見どころも含めて、観客の皆さんに向けて一言お願いします。
眼鏡作りの視点はもちろん、明治時代の衣装などもすごくかわいいですし、僕が演じた幸八は、時代をまたいでいる人だという感じがすごくあると思います。そういうところにもちょっと注目していただきたいです。あとは、これから何かを始めようと思って、誰もやっていないことに飛び込もうとした時に、いろいろと迷いや反発があると思いますが、それでも先人たちはゼロからスタートして、それを広げていって今の日本があるので、そういう人たちからもらえるパワーというのがこの作品にはすごく詰まっていると思います。なので、何かパワーが欲しいなとか、踏み出す勇気が欲しいなと思った時にこの作品を見ていただけたらと思います。
-森崎さんには『レディ・プレイヤー1』(18)の時も話を聴きましたが、またハリウッドの映画に出たいなど、今後の目標はありますか。
今はハリウッドに限らずアジアに注目しています。以前、日本とミャンマーとの合作(『マイ・カントリー マイ・ホーム』(18))にも出ましたが、もっとアジアの作品に出たいと思っています。タイとか中国とかインドネシアとか。インドもそうですけど、インドは踊らなきゃいけないから…。もしアジアが全部合体したら、映像の技術的にもすごく伸びていますから、ハリウッドとも並べるのではないかと思います。そういう意味では、アジアがルーツの人間として、もっとアジアの映画に出たいという思いが強くなってきました。
(取材・文・写真/田中雄二)