(左から)下津優太監督、古川琴音 (C)エンタメOVO

 看護学生の“孫”は、ひょんなことから田舎に住む祖父母に会いに行く。久しぶりの再会、家族水入らずの幸せな時間を過ごす。しかし、どこか違和感を覚える孫。祖父母の家には「何か」がいる。そしてある時から、人間の存在自体を揺るがすような根源的な恐怖が孫に迫ってくる…。下津優太監督による同名短編を基に、下津監督自ら商業映画初メガホンを取り、長編映画として完成させた『みなに幸あれ』が、1月19日から全国公開される。ホラー映画初挑戦となった孫役の古川琴音と、下津監督に話を聞いた。

ーとても不思議な感じがする映画でしたが、このアイデアはどこから得たのでしょうか。

下津 都市伝説のユーチューバーさんが、「地球上感情保存の法則というものがある」と言っていました。簡単に言いますと、地球上には幸せな人と不幸な人がいて、それを足し合わせるとゼロになるというものです。それを活用して、もしそれが本当であれば、意図的に不幸な人を作り出せば幸せを得ることができるということを軸に作っていった感じです。

ー古川さんは、今回がホラー初出演ということですが、最初に脚本を読んだ時の印象を聞かせてください。

古川 最初に台本を読んだ時は、「何て後味の悪い物語なんだろう」と思いました。でも、今まで見てきたホラーと比べても、何か違う怖さがあるなと。フィクションではあるんですが、物語の最初から最後まで、現実と完全に切り離された話ではないというのがにじみ出ていたので、そこの気持ち悪さが面白いなと思いました。

ー実際に演じてみていかがでしたか。

古川 ホラー映画って、こんなにも泣いて叫んで怒って逃げてみたいな感情が全部必要だったのかと気付いて、ホラー映画ってこんなに疲れるんだと実感しました。

ー演じる際に気を付けたことや難しかったことはありましたか。

古川 基本は普通の映画と一緒なんですけど、監督から「ホラー映画というのは、驚いている人の顔を見てお客さんが怖がるから、もうちょっと反応を大きくして」みたいなことは何回か言われました。でも、自然な反応も大切にされるので、そこのあんばいには気を使ったかなと。

ーホラーの時には、大体皆さん大げさに表現するというのはよく聞きますね。

下津 そうですね。僕は、映像と演技の掛け算かなと思っていて。それをやり過ぎると、ちょっと観客が引いちゃうので、僕の映画では映像はちょっと引き気味というか、客観的な方だと思うので、演技をやり過ぎぐらいでも、ちょうどいいのかなと思います。

ー監督から見た古川さんの演技は、いかがでしたか。

下津 古川さんで本当に良かったなという感じです。周りの役者さんが、あまり経験のない方たちだったので、 彼らとのコラボレーションというか、一緒に演じる上でも、とてもいいあんばいでやってくれましたし、それによって周りの人たちとの違和感や異質感が生かせました。ほぼ古川さんがずっと画面に映っていて、89分間を引っ張るわけですが、引っ張る魅力というのも、すごくあったと思います。

ー田舎の持つ違和感や恐怖みたいなことも描きたかったのでしょうか。

下津 この映画のテーマは、「誰かの不幸の上に、誰かの幸せが成り立っている」ということなので、これは田舎だけの物語ではなくて、世界中で起きている出来事というふうに描いているつもりです。なので、田舎に行って、風習がちょっと違っていても、都会にいても同じことが起きているということです。ただ『ミッドサマー』(19)などもそうですが、逃げられない感は都会よりも増しますね。都会だといろんな人がいるし、すぐに助けを求められますから。

ー古川さんは、田舎を舞台にした、プロの役者ではない方が多い、ちょっとドキュメンタリーぽい感じのする映画で芝居をすることに関してはいかがでしたか。

古川 すごくこの台本に合っていたというか、田舎で撮ることによって、自分自身もその世界に入れたなというのはありました。私も都会生まれの都会育ちなので、木の家の感じや、2階が暗くて光が入ってこない感じというのも、全て違和感として捉えることができました。それが、自分の恐怖心とかを膨らませる材料にもなったので、とても良かったなと思います。

ーホラーとコメディーは紙一重というか、表裏一体なところがありますが、この映画でも、怖いけれどもおかしいというところが多々ありましたね。

下津 恐怖とお笑いは対局にあって、その間がシュールだと思います。今回はまさにそのシュールをちょっと狙っていった感じです。なので、こっちのお客さんはちょっと怖がりながら見ているけど、こっちのお客さんは笑っている。そういうのがいいのかなと思います。

ー古川さんは演じながら、思わず笑ってしまったことはありましたか。

古川 演じながらはありませんでしたが、完成作を見てすごく笑いました。こんなふうになっているんだと。こんなに笑うとは思わなかったです。

ー監督の演出はいかがでしたか。

古川 分からないことを聞いた時に、「分からないまま演じてください」と言われたのが印象に残っています。最初の撮影の頃だったんですけど、私の役柄のこともあって、「その疑問を持ったまま、それをそのまま出してほしい」と言われたので、基本はすごく自由にさせていただきました。でも、特徴的だなと思ったのが、シチュエーションを作るということ。その中で、自由に演技をさせるというか、ちょっとドキュメンタリーっぽく撮られているのかなと思いました。例えば、おばさんの家に行った時に、幕があって、その幕を下ろした先に何があるのかというのは本番まで言われていなくて。実際に本番を撮った時の自分の反応として、それが何かを認識するよりも先に叫び声が出たんです。それは自分の想像を超えたお芝居で、ドキュメンタリー的だったのかもしれません。本当に驚きました。だから、ちゃんと怖がれる環境を演出してくださる方だなと思いました。あの時は、本当に吐きそうなぐらい怖かったんです。

ー実際に自分が演じた完成作を見てみて、どんな印象でした。

古川 やっぱり気持ち悪いというか、変なところを触られているような感覚。27歳になって、こういう新しい感情を感じることってまだあったんだなと思いました。何じゃこの気持ちはみたいな(笑)。

ー最後に、これから映画を見る方に向けて一言ずつお願いします。

下津 新たな感覚というか、(総合プロデュースの)清水崇監督に「ニュージャンルホラー」と言っていただいたんですけれども、新たなホラー映画ができたのかなと思いますので、その感覚を楽しんでいただければと。

古川 見ていただいた後に「このシーンってこうなんじゃないかな」とか、見てくださった人の数だけ、いろいろと感想が浮かぶ作品だと思うので、ぜひ、お友達やご家族と一緒に見ていただけたらうれしいなと思います。

ー確かにいろいろな説明が省かれている分、想像させられるところがありますね。

下津 最近の邦画は、1から10まで小学生にも分かるようなストーリーが多いので、余白というか、考えさせる余白があってもいいんじゃないかなということですね。

ー古川さんは、最初は監督にいろいろと聞いたけど、途中で聞くのをやめたんですね。

古川 だからお客さんにもそうであってほしいです。分からないことを楽しんでもらえたらと思います。

(取材・文・写真/田中雄二)