日本時間3月11日(月)、映画の祭典・第96回アカデミー賞授賞式が、米ロサンゼルスのドルビー・シアターで開催される。話題の中心は、最多13部門にノミネートされた『オッペンハイマー』だ。また、日本人としては、各部門にノミネートされた『ゴジラ-1.0』、『君たちはどう生きるか』、『PERFECT DAYS』の行方も気になるところ。そこで主要6部門に加え、日本映画3作品の受賞の行方を占ってみたい。

 その前にまず、アカデミー賞の選考システムを簡単に説明しておく。アカデミー賞は、映画祭のように少数の審査員による審査ではなく、米国を中心に世界の映画制作関係者が所属する“映画芸術科学アカデミー”の会員(アカデミー会員。1万人を超え、渡辺謙など日本人も所属)の投票によって賞が決まる。評論家やジャーナリストなど、映画を見る側ではなく、作り手が選ぶ賞であることも特徴だ。

 ではまず、主要6部門と呼ばれる作品賞、主演女優賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞、監督賞の行方から。

 前哨戦となる各映画賞の結果を見ると、作品賞、主演男優賞、助演男優賞、監督賞の4部門は『オッペンハイマー』がだいぶ有利な印象だ。主演男優賞候補のキリアン・マーフィー、助演男優賞候補のロバート・ダウニー・Jr.、監督賞候補のクリストファー・ノーランは、いずれも受賞すれば初の栄冠となる。

 日本でも3月29日から公開される『オッペンハイマー』は、“原爆の父”ロバート・オッペンハイマーの伝記映画で、『ダークナイト』(08)、『TENET テネット』(20)などを送り出してきたノーラン監督の手により、重厚な人間ドラマに仕上がった。原爆開発に対する苦悩もきちんと描かれており、日本人が見ても違和感を覚えることは少ないのではないだろうか。筆者は、最終的に8~10部門くらい受賞するのではないかと予想する。

 このほか、主要6部門で注目は、『オッペンハイマー』が候補に入っていない主演女優賞だ。ここは、『哀れなるものたち』(公開中)のエマ・ストーンと『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンの一騎打ち。『ラ・ラ・ランド』(16)で受賞歴のあるエマ・ストーンは今回、さらに圧巻の演技を披露。赤ん坊の心を持って死からよみがえった女性が、世界を知ることで次第に成長し、自立していくさまを、独創的な世界観の中で見事に演じ切っている。一方のリリー・グラッドストーンは、続発する殺人事件に巻き込まれていくアメリカの先住民・オセージ族の女性という役どころで、レオナルド・ディカプリオ&ロバート・デ・ニーロの二大スターを相手に、堂々たる存在感を発揮している。

 ゴールデン・グローブ賞では、エマ・ストーンがコメディ/ミュージカル部門の女優賞、リリー・グラッドストーンがドラマ部門の女優賞と、仲良く分け合った。ただその後、アカデミー会員の中で最も多い俳優が所属する全米俳優組合賞の女優賞をリリー・グラッドストーンが制し、一歩リードしている。

 残る助演女優賞は、前哨戦を総なめにした『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(6月21日公開)のダバイン・ジョイ・ランドルフで決まりだろう。名匠アレクサンダー・ペイン監督らしい温かなコメディーを、包容力溢れるたたずまいで彩っている。

 そして、日本中が注目する日本映画3作の行方だが、改めてノミネート作と部門を整理しておくと、以下の通り。

『PERFECT DAYS』国際長編映画賞

『ゴジラ-1.0』視覚効果賞

『君たちはどう生きるか』長編アニメ映画賞

 いずれも、他の候補作と比べてもそん色ない良作ぞろい。ひとつずつ状況を確認していきたい。

 まずは、『PERFECT DAYS』の国際長編映画賞。最大のライバルと目されるのが、昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『関心領域』(5月24日公開)だ。『PERFECT DAYS』も昨年のカンヌで役所広司が男優賞に輝いており、その点では引けを取らない。ただ、『関心領域』は今回、国際長編映画賞だけでなく、作品賞、監督賞など合計5部門にノミネートされている。内容的にもホロコーストを題材にしているだけに、これに勝つのは容易ではないかもしれない。

 続いて、『ゴジラ-1.0』の視覚効果賞。他の候補には『GODZILLA ゴジラ』(14)のギャレス・エドワーズ監督と渡辺謙が再びタッグを組んだSF大作『ザ・クリエイター/創造者』、アメコミヒーローものの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』、トム・クルーズ主演のアクション大作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』、巨匠リドリー・スコット監督の歴史劇『ナポレオン』と強力なライバルがそろっている。

 2月21日に発表された全米視覚効果協会主催のVESアワードでは『ザ・クリエイター/創造者』が5冠を制してリード。だが、『ゴジラ-1.0』は昨秋の全米ヒットもインパクトがあり、日本映画初ノミネートの同部門で、いきなり受賞する可能性は十分ある。期待も込めて、推していきたい。

 最後に『君たちはどう生きるか』の長編アニメ映画賞。宮崎駿監督作品としては、過去に『千と千尋の神隠し』(01)が受賞しているが、今回はその前に『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』という強敵が立ちはだかる。2月18日に発表された“アニメーション界のアカデミー賞”アニー賞でも両作品はしのぎを削ったが、その結果、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が長編アニメーション作品賞など7冠に輝き、リードしている。とはいえ、『君たちはどう生きるか』も英国アカデミー賞などを受賞しており、宮崎ブランドも健在。巻き返しに期待したい。

 以上、主要6部門と日本作品の予想を整理すると次の通り。

作品賞:『オッペンハイマー』

主演女優賞:『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』リリー・グラッドストーン

主演男優賞:『オッペンハイマー』キリアン・マーフィー

助演女優賞:『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』ダバイン・ジョイ・ランドルフ

助演男優賞:『オッペンハイマー』ロバート・ダウニー・Jr.

監督賞:『オッペンハイマー』クリストファー・ノーラン

『PERFECT DAYS』国際長編映画賞 難しいかも?

『ゴジラ-1.0』視覚効果賞 獲ってほしい!

『君たちはどう生きるか』長編アニメ映画賞 五分五分か?

 最後に、これまで名前が出ていない候補作の中から、筆者が個人的に推している作品を挙げておく。作品賞など5部門にノミネートされた『アメリカン・フィクション』(Prime Videoで配信中)は、売れない黒人の作家が、白人がイメージするマイノリティーとしての黒人に成りすまして小説を出版したところ、ベストセラーになってしまうシニカルなコメディー。絶妙な社会風刺がニヤリとさせる良作だ。また、作品賞と脚本賞の2部門で候補になった『パスト ライブス/再会』(4月5日公開)は、少年時代にすれ違ったまま別れた男女の24年後の再会を描いた大人のラブストーリー。これがデビュー作となるセリーヌ・ソン監督の演出も丁寧でみずみずしく、主人公2人の思いがしみじみと伝わってくる。印象的なラストシーンも忘れ難い。以上2作、近日公開も含め、日本でも鑑賞可能なので、ぜひご覧いただきたい。

 注目の授賞式は、日本時間3月11日(月)。日本勢の結果と共に、各賞の行方を見届けたい。

(井上健一)