「死人に口出し」
「9時から悶々」
「(ストリッパー)社長、今月ちょっと前バリしたいんですけど」

ぼんやりと読みながら、おっちゃん店主のだじゃれ“作品”だと悟る。
棺桶の死人に口出ししている絵を想像し、ぬはははとチヒロと笑い合う。
その当のおっちゃんはさっきから厨房と焼き場を行き来し、猛烈に忙しそうだ。
アシストするのは中国からやってきたバイトのニコニコ君だ。
ニコニコ君はどんなに混み合おうとも、つねに微笑みを絶やさない。
どんな事情で来日しているのかはわからぬが、思わずニコニコ君を応援したくなる。
よって彼と目が合いニコ!が放たれるたび、1オーダー。
5二コ!で5オーダーというハイペースで、女二人の新年会は進行するのであった。

   

 

 







さてほろ酔ううち、話題は人生の結婚と離婚について。
「夫婦なんてそんときゃよくても将来どうなるかわかんないんだって、
お母さんが言うんだよね」とチヒロ。
「んなの、夫婦だけじゃねえべ。きみと私だって仲良かったり悪かったり
付き合い長けりゃそうなんべ」と私。
還暦を超えたわが父母は、どんどん似てきて、今や「林家ペーパー」夫妻さながらにアイデンティティの境界線がぼやけてきている。
これは善し悪しはべつとして、夫婦としては「アガリ」だろう。
おとんのだじゃれにおかんがつっこむ(あるいは冷酷に流す)。
それでも明日もおとんはだじゃれを考えることを諦めない。
おかんがつっこむ(または流す)。
これをマンネリと感じなくなるにはキャリアが必要だと思う。
若輩者にはまだできる芸当ではない。
などとアツく語り合いながら、おかみさんにホッピーのおかわりを頼む。

   

 








 
「これが最後ですよ、もう四杯目だからね」
はたと壁を見ると、『お酒はお一人様四杯まで』とあった。
いや、そう書いているお店は他にもあるけれども、リアルにうちどめとは。
そのまじめな姿勢に静かに尊敬すら覚える我々であった。
最後、お会計をしながら、だじゃれのおっちゃん店主に、
「この短冊はみんな自分で考えたんですか」と聞くと、
「そうよ。だってここは一杯飲み屋じゃないのよ、オッパイ飲み屋よん。ぐはははは!」
という豪快な答えが帰ってきた。
そっとおかみさんを盗み見みると、温度のないスーパークールな横顔で流していた。
ニコニコ君は、やっぱりニコニコしながら首をぶんぶんふっていた。
「意味ワカラナイ」というアピールらしい。
なかなかすてきなチームワークである。

チームは一朝一夕にあらず。
老後に備えてまずはチーム編成を考えるべよ。とわかるようなわからないようなことを
言い合いながらよろよろと駅に向かう我々であった。

   

 

 

 







<今夜のお会計>
トマト玉子焼 399円
白もつ 95円
つくね 115円
すなぎも 105円
ナンコツ 105円
イナダ刺身 366円
生ビール 504円
角ハイボール 399円×3
ホッピー 399円×4
合計 二人で4482円

*ニコニコ君のおかげで少々足が出てしまいました。


【店舗情報】

阿佐ヶ谷「川名 
住所: 東京都杉並区阿佐ヶ谷北3−11−20 
16時~23時30分
月火休

文筆業。大阪府出身。日本大学芸術学部卒。趣味は町歩きと横丁さんぽ、全国の妖怪めぐり。著書に、エッセイ集「にんげんラブラブ交差点」、「愛される酔っぱらいになるための99の方法〜読みキャベ」(交通新聞社)、「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)など。「散歩の達人」、「旅の手帖」、「東京人」で執筆。共同通信社連載「つぶやき酒場deep」を連載。