1940年。イタリア海軍の潜水艦コマンダンテ・カッペリーニは、船籍不明の船を撃沈するが、それは中立国ベルギー船籍の貨物船カバロ号だった。サルバトーレ・トーダロ艦長(ピエルフランチェスコ・ファビーノ)はカバロ号の乗組員たちを救助して最寄りの港まで運ぶことを決めるが…。第2次世界大戦中の実話を基に、戦時下でも失われることのなかった海の男たちの誇りと絆を描いたエドアルド・デ・アンジェリス監督の『潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断』が、7月5日から全国公開される。「イタリア映画祭2024」のために来日したアンジェリス監督に話を聞いた。
-本作は実話の映画化ですが、このクラシックな題材をなぜ今映画化しようと思ったのでしょうか。
この映画の主人公のサルバトーレ・トーダロという人は、軍の中では伝説的な人物ですが、一般的にはほぼ知られていません。彼のことを語りたいと思ったのは、今のイタリアの政治状況に対して反発するような要素を持っていたからで、彼について語ることは意味があると思いました。とても古く、かなりの時間がたった話なので、それを今語り継ぐことは、自分たちの責務ではないかと思いました。
-オープニングの字幕スーパーに「海では誰もが神からの救いの腕1本の距離」という、 ウクライナ人艦長に救われたロシア人遭難者の言葉が出ますが、これは現代性を持たせるというか、今の情勢とこの物語を重ねるような意図があったのでしょうか。
そうですね。あの言葉については、映画の編集作業をしている時に知ったのですが、自分が今、過去と現在をつないでいるという意味で、すごく象徴的な話だと思いました。こうした海のおきては、当然ながら私たちのDNAにも刻み込まれたものであると思います。今こそ、強い立場の者が弱い者に手を差し伸べることが必要なのではないかと思います。
-この映画で描かれた潜水艦「コマンダンテ・カッペリーニ」は、イタリアからドイツに行って、さらに日本に来て、最後は日本で沈められるという数奇な運命をたどります。日本ではドラマ化もされましたが、この潜水艦の数奇な運命についてはどのように感じますか。
何か神秘的な謎めいたサインかなと思います。この話はすごく魅力的でもあると思うのですが、この潜水艦が日本で息を引き取り、それについてのドラマが日本で作られたことは、すごく象徴的な感じもします。
-この映画では、潜水艦内の極限状態での海の男たちの絆が描かれています。私はドイツ映画の『Uボート』(81)を思い起こしました。他にも潜水艦の映画はたくさんありますが、今回参考にしたり、影響を受けたようなものはありましたか。
もちろん他の監督の作品や、戦争映画、海での戦いを描いた映画は見ました。ただ、自分が正しいと思った方法は、実際に潜水艦を作って、その中で役者に演じさせることでした。役者に現実に戦争を体験させて、平和を夢見させ、海水でぬれて、それから火事も起きて、火に包まれるところもある。寒さを甲板の上で感じることや、恐怖で身が震えるとか、そうしたものを実際に体感してもらい、その様子を描くことが自分の取るべき形なのではないかと思ったので、実際に原寸大の潜水艦を作って撮影することにしました。
-それはリアリティーというか、ある意味ドキュメンタリータッチを求めたのでしょうか。
そんなふうに見えるかもしれませんが、自分が考えていたのはリアリズムというよりも真実です。真実があって、その上でマジカルな状況や、ファンタスティックな要素と現実的な要素のバランスから出てくるものを追求しました。
-実物大の潜水艦を作ったということですが、映像自体にもあまりCGやVFXは使わず、ライブのように撮ったシーンが多かったのでしょうか。
手前に見えるものは全てリアルなものですが、戦闘場面はもちろん、本当に潜水艦を沈めることはできないので、そこはCGと合成させています。(フランシス・フォード・)コッポラが『地獄の黙示録』(79)を撮った頃から考えればだいぶ時間がたっていますから(笑)。
-ちょっと結末にも触れますが、劇中やエンドクレジットで料理名を羅列するところが印象的でした。
自分も共同脚本のサンドロ・ペロネージも、サッカーがすごく好きで、観戦用にリストを作ってそれを見ているといろいろと迷わなくても済んで落ち着くような気がするんです。この映画の料理のリストは平和への夢です。平和な時にはこれが食べられるという。そういうイメージなので、エンドクレジットでもずっとこれを流したわけです。
-「われわれは敵船は容赦なく沈めるが、人間は助けよう」というせりふもありましたが、この映画のテーマは、敵であっても救うという、ある意味、騎士道精神みたいなものでしょうか。
サルバトーレが特別なことをしたというよりも、彼は人間が本来すべきことをしただけです。むしろ遭難者を救わないことの方が人間の本質に反していると考えられるわけです。私がサルバトーレという人物を好きなのは、彼が特別なことをしたわけではなく、人間が本来すべきことをした英雄であるところです。それをしない人間こそが呪われるということです。なので、私たちが今考えるべきなのはそういうことではないかと思います。
-日本映画のイメージや影響を受けた監督は?
小津安二郎、黒澤明、溝口健二…。彼らは今も影響を与え続けていると思います。彼らが使っていた映画の言語、特にモラルについての物語には、自分もとても大きな影響を受けました。日本の映画は、モラルについての物語が結構多くて、世界の見方や世界とどのように関係を築いていくかということに関しての捉え方がとても魅力的だと思います。最近では『ドライブ・マイ・カー』(21)に感銘を受けました。
-最後に日本の観客に向けて一言お願いします。
登場人物が潜水していった時に感じたエモーションを観客にも味わってもらえればと思います。それが私の唯一の願いです。それと、日本からこの映画の新しい見方が生まれたら、それはとてもうれしいことだと思います。
(取材・文・写真/田中雄二)