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 結婚8年を迎えた初瀬桃子は、夫・真守(小泉孝太郎)の実家の敷地内にあるはなれで暮らす専業主婦。子どもはいないが、センスのある装いや手の込んだ料理で“丁寧な暮らし”にいそしみ、日々を充実させていた。ところが、その日常が少しずつ崩れ始め、桃子は徐々に居場所を失っていく…。


 8月30日から全国公開となる『愛に乱暴』は、ベストセラー作家、吉田修一の同名小説の映画化だ。見る者をくぎ付けにする主人公・桃子を演じたのは、唯一無二の存在感で引く手あまたの江口のりこ。森ガキ侑大監督と共に撮影の舞台裏を語ってくれた。


-居場所を失っていく主人公・桃子の焦燥感がリアルで、最後まで目が離せませんでした。江口さんがオファーを受けた時のお気持ちは?


江口 森ガキ監督と映画でご一緒するのは初めてだったので、うれしかったです。しかも、原作を読んでみたら、同世代の桃子に寄り添える部分もあり、とても面白くて。私くらいの年代なら、桃子に共感する方は多いのではないでしょうか。


森ガキ 桃子役には、原作を読んでいるときから、江口さんが頭にありました。江口さんとはこれまで、「時効警察はじめました」(19)やCMでご一緒し、人柄は知っていたので、桃子にぴったりだと思って。


-元々は、森ガキ監督ご自身が原作小説の映画化を希望したそうですね。


森ガキ 原作の出版はだいぶ前ですが、今の時代にマッチすると思ったんです。近年、少子化問題が注目を集めると共に、「生産性」や「効率性」を求める人が多いように感じます。でも、そればかり求める社会に疑問があって。もちろん「生産性」や「効率性」は大事ですが、それだけでは測れない「余白」も社会には必要なはずです。例えば、アートは「生産性」から最も縁遠い存在で、なくても誰かが食うに困るわけではありません。とはいえ、そんなアートが生みだすものが、社会や文化を豊かにしていくわけですから。


-その通りですね。


森ガキ だから、そういう視点も必要なのに、人の気持ちを一切顧みなくなった結果、居場所を失う人が出てくる。「子どもがいない」「キャリアが途絶え、再就職が難しい」という理由で居場所を失っていく主人公・桃子の姿がそんな今の時代とリンクし、この作品ならエンタメの形で問題提起ができるのではないかと。といっても、女性のためだけの映画にするつもりはありませんでした。例えば、同性愛者の中にも「子どもを産めないから生産性がない」と言われて苦しんでいる方がいるわけですから。

-完成した映画からは、桃子の切実さがひしひしと伝わってきました。お2人の間で桃子をどのように作り上げていったのでしょうか。


江口 ほぼ順撮り(物語の展開通りの順番で撮影すること)で撮影を進めてくださったことは、すごくありがたかったです。


-というと?


江口 最初は、朝、お義母さんにあいさつしてゴミを出し、夫の真守さんを送り出す、という場面が3、4日くらい続きました。その時点では、誰にも会わないので「桃子ってどういう人なんだろう?」と手探りの状態なんですよね。そこから撮影が進み、いろんな人と出会うことで桃子が動き出し、「桃子のキャラクターなら、こういう感じかな?」とだんだん見えてくる。そうすると、それまでの撮影で桃子という人間を体験している分、「次はこんな反応をするかな?」とアイデアが出てくるんです。そうやって生まれたものについて、監督と相談しながら桃子が出来上がっていきました。


森ガキ 事前に準備はしていましたが、江口さんからもいろんなアイデアをいただいたおかげで、撮影に入ってからより具体的に桃子像が見えてきた気がします。


江口 そういう意味では、みんなで桃子を作っていった感じですね。私がお芝居にストレスを感じているときも、皆さんがすぐに察してくれましたし。しかも、今回はフィルム撮影で何度も撮り直しができないため、手持ちカメラで至近距離から撮影しているカメラマンさんの緊張が、手に取るように伝わるんです。それによって、私の方もいい具合に、体の中に桃子が1本通るような気持ちになって。そんないい緊張感がありました。


-スクリーンサイズが4:3のスタンダードという、最近では珍しいスタイルも特徴的です。


森ガキ 観客には桃子の視点で映画に没入してほしかったので、余計なものは見せず、桃子と周囲の俳優や美術だけで表現できるように、スタンダードサイズを採用しました。しかも、江口さんがおっしゃるように、フィルムだといい緊張感が生まれますし、肌の質感の奥深い部分まで映るのも効果的でした。


-素っ気ない態度を見せる夫の真守はもちろんですが、悪気なく桃子を傷つける義母・照子(風吹ジュン)との微妙な関係も、桃子の焦燥感を際立たせていました。演出にあたって心掛けたことは?


森ガキ 「こういうことがあって、こうなりました」と、きっかけになる出来事をわかりやすく描くのではなく、その人物がその時点で置かれている立場に従ってお芝居すれば、そこは表現できると思っていました。


-特に印象的だったのが、いつものように「お義母さん、ゴミあります?」とゴミを回収に行った桃子に、照子が「いつも悪いわね」と渡した後、パタッと勝手口を閉める場面です。照子にとっては何気ない行動が、桃子に疎外感を抱かせる様子がリアルでした。


森ガキ あそこも、わざとらしくガチャっと閉めるお芝居をお願いしたわけではなく、風吹さんには「照子は警戒心が強い」「とにかく真守第一で考えてください」とお伝えしただけです。そうすると、それを基に風吹さんも役を作ってくださるので、ただ扉を閉めるだけでああいうお芝居になるんです。


江口 風吹さんには、すごく助けられました。作品についていろんな話もしましたし、風吹さんの提案で台本にない桃子の気持ちをすくい取るシーンが追加され、より深みが出た部分もあります。孝太郎さんやほかの方も含め、素晴らしい共演者に恵まれました。


森ガキ 息子の真守に対する愛情が溢れ過ぎている照子を演じる風吹さんには、『愛に乱暴』というタイトルに関連して、「強すぎる愛の裏には乱暴さが秘められている」というお話もしました。だからこそ、照子は桃子を傷つけてしまうわけです。この作品を通して感じたのは、善と悪が切り離せないように、「愛と乱暴さは表裏一体」ということです。逆に言えば、愛がなければ乱暴さも存在しないのかなと。いろんな物事が表裏一体で成り立っていることを痛感しました。


-その考えが作品に深みを与え、面白さにつながっている気がします。


森ガキ そういう意味では、この映画を桃子と同世代の方だけでなく、ぜひ若い方たちにも見ていただきたいですね。海外の映画祭では、若い方たちの反応もよかったですから。


江口 ぜひ多くの方にご覧いただき、いろんなことを感じ取っていただけたらうれしいです。


(取材・文・写真/井上健一)


『愛に乱暴』8月30日から全国公開。