アーミル・カーン

 大安吉日のインド。育ちも性格も全く異なる2人の女性プール(ニターンシー・ゴーエル)とジャヤ(プラティバー・ランター)は、それぞれの花婿の家へ向かう途中で、同じ満員列車に乗り合わせる。だが2人とも赤いベールで顔が隠れていたため、夫たちの知らぬ間に入れ替わり、そのまま別の嫁ぎ先に連れて行かれてしまう…。2人の花嫁の思いがけない人生の行方をコミカルに描いた『花嫁はどこへ?』が10月4日から全国公開される。本作でプロデューサーを務めたインドの人気俳優アーミル・カーンに話を聞いた。


-今回は俳優ではなくプロデューサーとしての役割でしたが、映画化に至った経緯からお願いします。


 ある脚本のコンペティションに審査員として参加していた時に、この脚本を読む機会を得て、とても気に入りました。そして、僕の元妻でこの映画の監督をしたキラン・ラオが、自分で書いた脚本に満足していなかったところに、僕がこの脚本の話をしたら、彼女もとても気に入ったので、映画化が決まりました。


-以前のインタビューで、「映画で一番重要なのは脚本だ」とおっしゃっていましたが、この脚本を見つけた時は“きっと、うまくいく”という予感はありましたか。


 はい。どうしてそう感じたかというと、とても大切な問題を扱っていながら、ライトな形でうまく処理されていて、ユーモアもあるように感じたからです。重要な問題についてユーモアで対処しているところに感銘を受けました。結婚した2組のカップルがいて、女性がベールをかぶっているせいで、男性の家にたどり着いた時に、初めて違う女性だったことに気付く。そんな不条理な状況を描いた物語がとても面白いと思いました。


-私のような日本人がこの映画を見て、インドの文化や風俗、あるいは女性が抱えている問題などを知ることができますが、映画を通してそうしたことを世界中に訴えかけたいという意識はあったのでしょうか。


 正直に言いますと、インド以外の世界の国々で、この映画がどう受け取られるかということはそれほど考えていませんでした。ただ、この問題はとてもユニバーサルで普遍的なテーマであるとは思います。女性の問題については、まだまだ世界中の社会の中で、家父長制が大きく存在していると思います。この映画は、さまざまな観客に家父長制について想起させ、考えさせるものを持っているという確信はありました。


-この映画は、フェミニズムというか、女性に関する描き方がとても印象的でしたが、カーンさんの中でインド社会における女性の姿を描くことは大きなテーマの一つなのでしょうか。


 時々、女性が良くない扱いをされていることに気付くことがあります。その時は、それを正すことを意識します。そして自分が何かを表現する時は、そうしたことが起こらないように働きかけることをしたいと思います。それは、人々に、そうしたことに対する感受性を喚起させることだと考えています。

-カーンさんは、社会活動家としても知られていますが、女性の地位向上というのも大きなテーマなのでしょうか。


 私の母は、ずっと主婦として過ごしてきましたが、割と社会的な意識が高い人でした。母には強い影響を受けました。とはいえ、私たちの家族も家父長制の中で育ってきました。私には男女のきょうだいが両方いましたが、男性ならオーケーとされたことが、女性たちはノーと言われることがありました。例えば、私たち男は夜の9時、10時に出かけても問題なく許されましたが、姉や妹は許されませんでした。私たちは、姉や妹が行けないのであれば、自分たちも出かけないようにしていました。ですから、母の育て方は正しかったと思いますが、インドの社会の中では、深い根っこの部分で家父長制が浸透しています。もう何世紀にもわたって繰り返し押し付けられ、認識させられてしまっています。そういう中で、いつか私たちがそこから解放されることを願いながら、私は意識して活動しています。


-この話にはユーモアがあるとおっしゃいましたが、ジャヤの夫以外はほとんど悪人が出てこないところが心地よかったです。


 そうですね。本当の意味での悪い人間はいないのかもしれませんが、この映画のジャヤの夫となるべき男は、意図的によくない行動をしているわけです。前妻に何かよくないことをしたことがせりふで示唆されていています。と同時に、他のキャラクターも最初は決していい人たちではありません。結果的に、彼らがプールやジャヤにいろいろと手助けをする状況が生まれますが、それは意図してそういう設定にしているわけです。たとえよくない人であっても、いい人とつながることによって、その人の最良の部分が引き出されることがあり得るということです。例えば、この映画の警部補は汚職に手を染めていますが、人との関わりによって、彼のいい部分が引き出された結果、いい人になり得たことを示していると思います。


-日本の映画に興味はありますか。


 実は、私には映画を見るという習慣がほとんどありません。それは、子どもの頃から母親がとても厳しくて、映画を見せてもらえなかったからです。父親は映画のプロデューサーでしたが、家庭内で映画を見ることが奨励されていなかったので、その結果、本を読むことの方が習慣になっているのだと思います。


-プロデューサーとして、日本の観客に向けてメッセージも含めて一言お願いします。


 この映画がインド以外で大きく劇場公開されるのは日本が初めてになるので、日本の観客の皆さんが、どのようにこの映画とつながってくださるかにとても興味があります。この映画は、とてもインド的な、インドに根付いている問題を描いていると思うので、外国の観客がどういうふうに受け取ってくださるのかが、とても気になります。


(取材・文/田中雄二)