「実験できる時間を与えられている」という感覚を持ってもらいたい
●14:20~17:00
そして、ここからがこの日のメインレクチャー。「穴長」の三池崇史監督が自ら行う演技指導だ。とはいっても、僅か3時間足らずの時間でその極意を教えるのは難しい。そこで三池監督が考え出したのは、「穴子」たちに実際に芝居をしてもらい、それに対して演出を加えたり、映画の撮り方を指導する実戦型ガチ・レッスンだ。
無作為にA、B、Cの3つのチームに分けられた「穴子」たちは、事前に渡されていた台本の男性は男性のセリフを、女性は女性のセリフを覚えてくることになっていた。だが、ある“家族の物語”のどの役を誰が演じるのかは3つのチームの演出をそれぞれ担当する三池組の助監督らによってその場で指示された。
そこから各チームごとに輪になって、エチュードのように(といってもセリフは決まっているが)芝居を作り込んでいったが、どのチームもこの段階から芝居が白熱していて、圧倒されてしまう。
そしていよいよ本番。Aチームから順番に自分たちの芝居を披露していく。立ち位置や座り位置、そこにあるテーブルや椅子を使うのも使わないのも自由だ。
ここからは後からうかがった三池監督のコメントを交えて紹介していこう。
実は今回このレッスンでは使われた台本は、誰もが知る国民的アニメの十数年後をユニークかつ大胆な設定で描いた笑撃のオリジナル・ストーリー。この台本で行くことになったポイントは何だったのだろうか?
「5、6人の家族の物語を考えたときに、みんなが知っているものの方がキャラクターをいちいち説明しなくていいなと思ったんです。それに演じる『穴子』たちも彼らなりにそのキャラクターを知っているので、この台本の意味が分かる」
ここでは多くは書けないが、その設定はその場にはいない息子(14歳)が「女になりたい」と言っているという衝撃の事実をめぐり、ヒロインである母親と婿養子の夫、彼女の両親や弟、妹が喧々諤々の意見を闘わせ、さらにはもっととんでもない事実が発覚するというもの。
そんな突拍子もない家族の風景がチームごとに表現されていくが、さっき会ったばかりの素性も知らない人を相手に全力でぶつかっていく「穴子」たちのポテンシャルは思ったよりも高い。最初の立ち位置からキャラクターの作り方、芝居のアプローチまでみんな違うし、中には仕掛ける者もいてスリリングだ。
これにはCチーム、つまりいちばん最後に芝居を披露することになった「ウレぴあ総研」が送り込んだ鶴田氏も驚きを隠さない。
「参加している方はお芝居の初心者というか、素人の方が多かったと思うんですけど、みんなセリフをちゃんと入れてきているのがまずスゴいですよ。僕だったらたぶん無理ですもん、やり始めのころにあれだけのセリフを入れるのは。しかも、どの役が自分に振られるのか現場に行くまで分からない状態であれだけのものが出せるのには驚きました」
Aチーム、Bチームがやっているのを見ながら、待っているときの心境はどんな感じだったのだろう?
「Bチームの自分と同じ役の人が、僕がやろうとしていたことをほとんどやってしまったのでウワ~っと思いました(笑)。同じことをやってもつまんないし、だから次の手で勝負ですよ。引き出しを持っていないと、最後にやるときはキツいですね」
そんな演者の内面を知ってか知らずか、すべてのチームの芝居を見終わった三池監督は演じる役を変えたり、例えばAチームに違うチームの人を投入したりしながら、同じことを繰り返していく。そこで芝居からキャラクターまで変える者もいれば、まったく同じ芝居を貫く者もいる。このときに三池監督は何を、どこを見ていたのだろう?
「何よりも、あの短時間でよくここまでやれるなと思いました。同じキャラクターでも演じる人によって全然違うし、全体の雰囲気も変わる。粗に見えるところと魅力も紙一重なんですよね。あとはこの芝居を誰がこのトーンで引っ張っているのか、あとのみんなは何に引っ張られてこうなっているのか? を逆に僕らが勉強しているみたいな感じでした」
監督はさらに続ける。
「彼らの芝居を一個一個修正し、こうじゃなきゃいけないって言うためには演出の核がなければいけない。例えばそれが全国公開する大作を作るなら、こういう芝居にしなければいけないって徹底的にやるだろうし、インディーズの小さい作品ならこのトーンじゃないかなっていうことになる。だからそういったことよりも、参加した人たちに自分たちが芝居で自然に出せるものを自由に出す、実験できる時間を与えられているんだという感覚を持ってもらうことが今日のテーマだったんです」
とは言いながら、最後に“秘密兵器”をちゃんと用意しているところが三池監督らしい。BチームかCチームが芝居をしているときにその人が突然レッスンルームに入ってきたときには、え?って驚いたが、「穴子」たちにはその人がくることは知らされていない。後から鶴田氏に聞いても集中していた彼は、その人が部屋に入ってきたことに気づかなかったという。
いったい何が始まるのか?