歌舞伎俳優の坂東三津五郎が、東京・歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」の第二部『たぬき』で10年ぶりに柏屋金兵衛を演じる。死んだはずの男が火葬場で生き返り、別人になりすまして第二の人生を歩むが、幼い我が子に父と気付かれ自分の家に戻っていくという辛口の人情喜劇だ。三津五郎は“生き返る男の話”から、自身のすい臓がんからの復帰という経験と重ね合わせる。「病気をしたこともあり、今やれば10年前とは違ったアプローチでできるんじゃないかと思って」と三津五郎。
『たぬき』は1953年に大佛次郎作の新作歌舞伎として初演。三津五郎は2004年に続き2度目の挑戦だ。「(金兵衛を)やってて面白いのは生き返ったという事が初めは信じがたいところ。そこに居合わせた隠亡(火葬場の番人)と話すうちに、そうだ、このまま別の人間になって妾と一緒に暮らそうなんて甘いことを考えるんだけれど、妾はさっそく若い男を引き込んでいる。裏切られて人間に絶望して、生き返ってみたもののさぁこれからどうしようとなるわけです」。婿養子ゆえ女房に虐げられ、肩身の狭い暮らしにうんざりしていた金兵衛は、その後名前を変え横浜で商売を始めて大もうけする。「前半のちょいと甘いとこのある金兵衛と、甲州屋長蔵と名乗り、商売の鬼となった冷たい男、この違いが面白いと思うんですよ。顔かたちはソックリでも気持ちの違いを強調して陰影を出していきたいですね」。
前回は妾の兄で吉原の古狸・太鼓持蝶作を故・中村勘三郎(当時勘九郎)が演じ、コミカルなやりとりが好評を博した。今回は息子の勘九郎が勤める。「太鼓持ちは“旦那、旦那”と言いながらもその旦那から金を取ろうっていう狸ですよ。ところが二幕目になると、今度は金兵衛のほうが人を化かす大狸になっていて、狸の太鼓持ちもタジタジ。風刺が効いています」。一方で金だけが頼りになって生きていく空しさもあるという。「誰かに必要とされることは人間の大きな喜び、生きる原動力だと思います。倅に“ちゃんだ”と言われた瞬間、この子のために生きようと決心するんでしょうね」。その倅・梅吉を勘九郎の長男・七緒八が勤める。「彼が出ることでお客様や納涼歌舞伎に携わってきた人全ての想いが一瞬でひとつになれる、他の人には代えられないですから」。女房おせきを中村扇雀、妾お染を中村七之助が演じる。
歌舞伎座の夏の風物詩として定着した「納涼歌舞伎」。今後の展望を訊くと「“納涼”は出演者が決まっているから新作が創りやすいんです」と話し、古典のみならず新作歌舞伎へ意欲をみせた。
三津五郎は一座総出演の第三部『勢獅子』にも鳶頭で出演。そのほか第一部『恐怖時代』『龍虎』、第二部『信州川中島合戦』、第三部『怪談乳房榎』を上演する。公演は8月5日(火)から27日(水)まで。チケット発売中