富堅役の高橋努

 親友・大久保正助(瑛太)の尽力もあり、吉之助(鈴木亮平)は奄美大島から薩摩へと戻っていった。妻・愛加那(二階堂ふみ)は、まだ幼い子どもや兄・富堅と共に島で吉之助を待ち続けることに。無骨だが妹思いの富堅を演じるのは、テレビドラマから映画まで、数多くの作品で活躍する高橋努。役に込めた思いや、撮影の裏話など、幅広く語ってくれた。

-富堅について、どのようなイメージをお持ちでしたか。

 富堅のことは全く知らなかったので調べてみましたが、記録が残っていないんです。写真が1枚あるだけで。それも、「これが富堅です」というはっきりしたものではなく、「龍佐民の親戚で次期リーダーと言われていたから、真ん中のリーダー風の人が富堅らしい」という程度で。

-そこから、役作りはどのように?

 今回のドラマでは、両親がいないので、小さい頃から愛加那と一緒に生きてきたこともあり、とても妹思いの兄。しかも、強がりで偉そうにしている割には、奥さん(=里千代金)からよく怒られている。そう考えたら、すごくチャーミングな人だったのではないかと思えてきました。だからこそ、次期リーダーと言われたのではないかと。役作りのため、髪の毛を4、5カ月伸ばし、ひげも演出の方と相談して伸ばすことにしました。他にも島唄から三味線まで、習い事のオンパレードでした。

-三味線を演奏する場面もありましたが、感想は?

 難しかったです。きちんと先生に教えてもらったのですが、教科書みたいなものはないんです。育った環境によって歌詞も弾き方も全然違うらしく、見て、感じて、感覚で覚えるというやり方。かなり練習して、なんとか三味線だけに集中すれば弾けるようになり、奄美のおばあやおじいたちからも「よく覚えたね」「私よりうまい」と言われるぐらいにはなりました。でも、芝居をしながら気持ちを入れて弾こうとすると、なかなかうまくいかなくて。苦労しましたが、面白かったです。

-富堅を演じた中で、印象に残っていることは?

 とても喜怒哀楽の激しい人で、笑って、泣いて、怒って、歌って、踊って、と振り幅の大きな役だったので、楽しかったです。一番印象的だったのは、吉之助が薩摩に帰る場面。ロケ場所も愛加那と吉之助の芝居も素晴らしくて…。僕が泣く必要はなかったのですが、段取りから本番までずっと涙が止まりませんでした。あとは、愛加那が生んだ子どもを見に行く場面も。吉之助が泣くところだったので、「ニコニコ笑って」と言われていたのですが、僕が先に泣いてしまって…。「あ、これは“西郷どん”だ。“富堅どん”じゃない」と思って、本番では少し我慢しました(笑)。

-富堅は当初、吉之助にいい印象を持っていませんが、後に理解するようになりました。その辺りの気持ちの変化は、演じる上でどう受け止めましたか。

 最初は憎しみに近い気持ちを持っていましたが、吉之助は僕らを助けてくれたわけです。考えてみたら、島に来たばかりの吉之助もつらかったはず。僕らが薩摩を憎んでいるのは吉之助のせいではないけれど、それも知りませんし。そう考えたら、自然と受け入れることができました。別れ際には仲良く相撲まで取っていますから。

-相撲の場面は、富堅と吉之助の関係を示す見どころでしたが、演じた感想は?

 僕は体格がいいと言われる方ですが、島の人はひもじい生活をしているので、体を大きくすることはできません。だから、節制しながら筋トレをしていたんです。それで亮平と並んでみたら、まるで大人と子ども(笑)。そりゃあ、負けるだろうと。史実でも、島一番の力持ちが西郷さんと相撲を取って、3回やって3回とも負けたという話があるそうです。愛加那を追い掛けようとする吉之助を「行くな!」と止める場面では、亮平の体があまりに大きくて「軽トラか!?」と(笑)。

-愛加那役の二階堂ふみさんの印象は?

 今回、初めて共演しましたが、笑顔を見るとこっちもうれしくなる太陽みたいな人です。気さくで話しかけやすいですし。実際の愛加那さんのことは分かりませんが、彼女を見ていると、本当にこんな人だったのではないかと思えてきます。

-富堅の三味線に合わせて愛加那が歌う場面もありましたが、愛加那の島唄を聞いた感想は?

 すごく良かったです。ただ、愛加那はエネルギーがある分、切なかった。一度、苦しくなって演出の方に「もう弾けません」と言ったんです。そうしたら、「応援しようという気持ちがあるじゃないですか」と言われ、「そうか、ちゃんと弾かなきゃ」と(笑)。「弾けない…!」と言って、また“富堅どん”になるところでした(笑)。

-この作品では、薩摩から厳しく砂糖を取り立てられるなど、あまり知られていない奄美大島の一面が描かれています。演じてみて、どんなことを感じましたか。

 亮平くんとも話したのですが、島編は描けば描くほど、吉之助が嫌われていくような気もしたんです。薩摩が厳しく取り立てをしていたことは知らないし、結婚して子どもも生まれるけど、結局、去っていく。単純に行動だけを見ると、吉之助が嫌われてしまう可能性がある。そう感じたので、演じる上ではバランスを取ることを心掛けました。

-厳しい取り立てをする代官の田中を演じた近藤芳正さんの悪役ぶりはいかがでしたか。

 すごく悪かったです(笑)。鼻水をかんだ紙を僕に投げつけて、怒りをあおってきたり…。それを見ているだけで、自然に怒りが湧いてきました。あんな悪い人、なかなかいません。近藤さんには毎日「悪い人だなー」と言っていました(笑)。見事な悪代官ぶりで、面白かったです。

-富堅と吉之助はどんな関係だったのでしょうか。

 義理の兄弟になったわけですが、実際は友人のような関係だったのではないかと想像しています。吉之助が子どもたちに学問を教える場面がありましたが、大人たちにとっても先生だったのではないかと。農業に詳しい人ですから、実際はドラマ以上に教わることも多かったはず。そのおかげで島が発展することもあったに違いありません。だから、いろいろなことを話して、2人でお酒を飲むようなこともあったでしょうね。

(取材・文/井上健一)