モーリス・ベジャールが50年前に振付け、当時の20世紀バレエ団によってブリュッセルの王立サーカスで初演が行われたベートーヴェン作曲『第九交響曲』。以来、パリのパレ・デ・スポール、モスクワのクレムリン宮殿、ヴェローナ闘技場、メキシコ・オリンピック・スタジアムなど大規模な会場で上演された歴史的傑作だが、長らく再演が行われることのなかった「幻のバレエ」であった。
モーリス・ベジャール振付 ベートーヴェン『第九交響曲』チケット情報
ベジャールの死から7年が経った2014年、今年創立50周年を迎えた東京バレエ団とベジャール・バレエ団によってこれを日本で観ることができるのは、ひとつの奇跡といっていい。かつて『第九』にダンサーとして参加したピョートル・ナルデリを指導者に迎え、東京バレエ団の稽古が始まったのが3月。10月下旬にはベジャール・バレエ団も合流し、ベジャールの「友愛」の精神を象徴する黒人ダンサーのエキストラも加わった。80人のダンサーが揃ってスタジオに集まった10月30日の稽古は、白熱したムードに包まれていた。
この日は合唱が入るフィナーレの4楽章のリハーサルで、ソリストとして重要なパートを担当するベジャール・バレエ団(以下BBL)のアランナ・アーチバルドが裸足でモニュメンタルな振付を踊った。エキゾチックな雰囲気をもつ均整のとれた美しい肢体の女性ダンサーで、ベジャール振付の「バクティ」のシータ神を彷彿させる。強靭でしなやかな動き、難しいポーズでのバランスなど、見せどころの多い役だ。「歓喜の歌」では、BBLの那須野圭右とオスカー・シャコンが登場。彼らは生前のベジャールを知る最後の世代のダンサーだが、エネルギッシュで英雄的なダンスにはベジャールのDNAがしっかりと刻み込まれており、カリスマ的な引力がある。BBLと東京バレエ団とエキストラの80人のダンサーが渦のように連なって大蛇のようになり、宇宙的なエネルギーを放出するラスト近くは、稽古場にも素晴らしい熱気が溢れ出す。音楽が高らかに歌い上げる兄弟愛の凱歌に相応しい昂揚感が、様々な国籍を持つダンサーたちの肉体から放たれていた。
共演は来日ツアーを成功させたばかりのイスラエル・フィルと、巨匠ズービン・メータ。メータは2011年の震災時に日本に滞在し、オペラ公演が中止になった翌月に再び日本を訪れて、在京オケの「第九」を振った指揮者である。声楽ソリストとして参加するメゾ・ソプラノの藤村実穂子は、紫綬褒章受賞の朗報が舞い込んだばかり。総勢350名が参加し、ベジャール哲学の最高峰である『第九』を上演するこの祝典は、観た者にとって一生忘れられない「事件」になるはずだ。
公演は11月8日(土)・9日(日)東京・NHKホールにて。チケット発売中。
取材・文:小田島久恵