言語表現の豊かさ … 引き分け

会話すること自体が少ない“おひとり様”なグルメ漫画では、食事シーンの心情はもっぱらモノローグで表現される。こうしたボキャブラリー(語彙)がどれほどバリエーション豊かなのか。『ワカコ酒』『孤独のグルメ』両者とも引き分けにしたい。

名言の多さでいえば『孤独のグルメ』が恵まれている。うまい焼き肉を食いながら「うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ」、従業員を口うるさく罵る店主に「モノを食べるときはね 誰にも邪魔されず自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ」、お目当てのメニューにありつけなかった時の「がーんだな…出鼻をくじかれた」――どれも五郎の表情と絶妙にマッチして印象に残りやすい“味のある”セリフばかりだ。『孤独のグルメ』自体が人気作品ということもあり、ネット上のいたるところでこれらのセリフがパロディ的に使われていたりもする。 

一方の『ワカコ酒』は、いわゆる名言はさほど見られない。その代わり食事シーンで“呑んべえの心情をよく理解してるなぁ”と思えるセリフが非常に多いのが特徴だ。「日本酒と 鮭の皮はこたえられん」「チープなメニューだから気どらない飲み物がハマる」「ここち良く小腹にたまっていくのう」――わりと見た目はオシャレな女子だけど、食事中のセリフはまるで酒飲みのオヤジそのもの。アバウトな味の表現を好む五郎に対し、こっちのワカコはじゃがいもの産地を食べただけで言い当てるなどグルメ度も高い。こうしたギャップが小気味よく、本当に満足した時に口から漏れる「ぷしゅー」という吐息がワカコのトレードマークになっている。

 

平穏な食事風景 … 勝者♀『ワカコ酒』

一人でも大勢でも、料理は楽しく食べたいもの。“いかに満足して食事を終えられるか”については『ワカコ酒』の圧倒的な勝利と言っていい。

ワカコは仕事で失敗してモヤモヤすることもあるが、それは最初の1ページだけ。ふらりと店に入って酒と料理を楽しんでいるうちに気持ちがやすらぎ、笑顔で毎回のエピソードを終えている。

対する『孤独のグルメ』の食事シーンは、およそ平穏とはいいがたい。特にドラマ版とは違って原作コミックではこの傾向が顕著だ。よくあるのがメニュー選択のミス。いい歳して(?)チャレンジ精神旺盛な五郎はメニューの詳細も知らないまま注文することが多く、しばしば味や量のバランスに重大な問題が生じる。また、新幹線の車内でうっかり焼売弁当を開いてしまい、強烈な匂いのせいでまわりの客からヒソヒソ噂された失敗も……。

極めつけは横暴な店主と小競り合いになり、得意の関節技で勝利してしまったエピソードだろう(五郎には古武術の使い手という設定がある)。こんなトラブル体質なので、読者は毎回「今度の五郎はどんな目に遭うのか……」とハラハラしながらページをめくることになるのだ。

 

作品の楽しさ … 引き分け

ここまで見てきたように『ワカコ酒』と『孤独のグルメ』は、似ているようでまったく違う点も多い。個人の好き嫌いがあるとはいえ、総合的なおもしろさは互角と言って良いだろう。

思うに、比較対象になっている『孤独のグルメ』は食べ物だけでなく、井之頭五郎という不器用なキャラクターのリアクションを楽しむ作品だ。うっかりミス、間の悪いトラブル、無軌道な食べっぷり、ちょっとした迷言や奇行まで含めて見ている者を飽きさせない。グルメ漫画に“プラスα”された部分がおもしろいのだ。

『ワカコ酒』はそれと対照的に、オヤジ臭い呑んべえながら器用に世間を渡り、うまい酒と料理に舌鼓をうつワカコを見て癒やされるための作品だと言える。自分も今度はこんな店に行ってみよう、酒と料理のこういう組み合わせ方は見習おう……そこには私たちも追体験したくなる至福の時がある。純粋に“うまいものをうまく食べる”という一点において、非常にすぐれた作品なのだ。

あとは『孤独のグルメ』と同じように、実写化にあたって『ワカコ酒』がどうアレンジされるかも楽しみである。主演は“頭突きで瓦割り”のCMで一躍有名になった武田梨奈さん。表情豊かでエネルギッシュな彼女がワカコをどう演じてくれるのか、1月8日からの放送に注目したい。

パソコン誌の編集者を経てフリーランス。執筆範囲はエンタメから法律、IT、教育、裏社会、ソシャゲまで硬軟いろいろ。最近の関心はダイエット、アンチエイジング。ねこだいすき。