この4月から5月にかけて、日本で一番話題になった漫画は『進撃の巨人』でも『ONE PIECE』でもなく、『美味しんぼ』だということに異論を唱える人はいないでしょう。小学館の週刊ビッグコミックスピリッツに掲載された最新シリーズ「福島の真実編」で、被災地の取材に訪れた主人公(山岡士郎)たち主要キャラクターが揃って鼻血を出すシーンが問題視され、自治体や閣僚からも公式コメントが出される異例の事態になりました。
インターネット上でもこの「福島の真実編」をめぐって一般のユーザーが感想を述べたり、議論を戦わせたりしましたが、驚いたのは「読んだことないけど」「アニメしか見てないけど」という前提で話していた人が意外なほど多かったことです。たしかに『美味しんぼ』は1983年の連載スタート以来、単行本110巻にも届く超長寿コミック。原作をすべて読んでいる人はそう多くないでしょう。
そこで今回は長大な『美味しんぼ』をいくつかのパートに分けて作風の変化を紹介しながら、この人気グルメ漫画が社会にどのような影響を与えてきたかを考えてみたいと思います。
4つの時期で見る『美味しんぼ』の変遷
【1.人情コメディ期】
のちに山岡夫人となるヒロイン・栗田ゆう子が「東西新聞社」文化部へ配属されるところからストーリーは始まります。おりしも創立100周年を控え、社主命令で「究極のメニュー」企画が持ち上がったタイミング。社員たちに厳しい“味覚テスト”が行なわれ、それをクリアした栗田さんとグータラ社員・山岡が「究極のメニュー」担当者に命じられました。
初期だけあってキャラクターの外見は今とまったく違うものの、“食べ物”だけに関しては異常なセンスと知識をもった山岡が、偏見に凝り固まった金持ちや有名人をへこませていく痛快パターンはこの頃から確立されていました。「1週間後、こんなフォアグラよりもっとうまい物を食わせてやる!」という例のパターンですね。
父親であり最大のライバルでもある海原雄山も初期から登場。まだ設定が固まっていなかったのか、しばらくは周囲を見下し、あちこちに暴言を吐く嫌味なキャラクターでした。「わあっはっはっはっ!」と高笑いする雄山は今になって読み返すと新鮮です。
しばらくは山岡と雄山の対立を挟みながら、“食べ物で人助けする”という『美味しんぼ』の王道展開が続いていきます。ファンの間で屈指の人情エピソードとして名高い「トンカツ慕情」もこの時期、11巻に収録されています。