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NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、まもなくクライマックスを迎える。謎の絵師“写楽”が、蔦重の下で歌麿(染谷将太)ら当時の絵師総動員で進められたプロジェクトだったというサプライズに続き、12月7日放送の第47回「饅頭(まんじゅう)こわい」では、現在、「写楽の正体」として定説となっている斎藤十郎兵衛を、一橋治済役の生田斗真が一人二役で演じることが明らかになった。その舞台裏を、制作統括の藤並英樹氏が脚本家の森下佳子氏と共に語ってくれた。
-生田斗真さんが一橋治済と斎藤十郎兵衛の一人二役を演じる展開に、またまた驚かされました。どのような経緯でこのアイデアは生まれたのでしょうか。
藤並 「写楽の正体」と言われる斎藤十郎兵衛をどのように扱うかは長い間考えていたことで、生田さんが一人二役で演じるのは、最初から決まっていたわけではありません。元々は、史実では物語が終わった後も生きる治済に何かしらの罰を与えたいということで、当初は「歴史に名を残せなかった」という形の結末を考えていたんです。でも、次第に森下さんの中で「これだけ悪行を重ねた治済に勝ち逃げさせるのは、いかがなものか?」という気持ちが芽生えたらしくて。
森下 治済がラスボス的な存在になることは、当初の計画通りです。陰で好き放題やっていた卑怯な権力者には誰も感銘は受けないけど、悲惨な最期を迎えた平賀源内(安田顕)も「源内通り」といった形で名が残っているように、一生懸命生きた蔦重たちの足跡は残る。治済に対する仇(あだ)討ちは、今生ではかなわないものの、そんなふうに歴史が下してくれるだろうと。最初はそういう結末を考えていました。
-具体的にはどういう形でしょうか。
森下 それには蔦重が、「斎藤十郎兵衛」の名が世に広まることまで含め、「写楽という謎を仕掛ける」という展開はどうかと。数々の実績を潰されていった蔦重ですが、形は残らなくても、謎が残っていれば、みんながその真相を探ろうとして、名前が語り継がれる。実際、「写楽は誰なのか?」と後年、多くの人が奔走したわけですから。そこまで考えていたとしたら、時を超えたすごい仕掛けだなと思って。
-確かにその通りですね。
森下 でも、それはすごく観念的だし、「果たしてすっきりするだろうか?」という疑問が湧いてきて。それから、すっきりする方法を探して知恵を絞りました。だから、写楽の誕生にかかわる部分は当初の計画通りですが、仇討ちと一体になる展開は、途中で思いついたことでした。
藤並 そうやって森下さんが現在の形を考えてくださる中で、そのトリックに斎藤十郎兵衛を使えないかという話になり、せっかくなら生田さんに一人二役でお願いしようと。
-その話を聞いた生田さんの反応はいかがでしたか。
藤並 長い間、生田さんを含めて多くの方から「写楽は誰なんですか?」と聞かれるたび、「まだ決まっていません」と答えていたんです。最終的に「こういう展開になるので、ぜひ一人二役で」とお願いしたところ、生田さんも「面白そうですね!」と喜んでくれました。生田さんは十郎兵衛の歩き方や立ち方、しゃべり方まで治済とは変え、2人の違いを見事に表現してくださっています。だから、これまで何度か江戸市中に姿を見せていた生田さんが、治済だったのか、それとも十郎兵衛だったのか、ぜひ皆さんも考えてみてください。
-斎藤十郎兵衛役に生田さんがふさわしいと考えた理由を教えてください。
藤並 斎藤十郎兵衛は阿波蜂須賀家お抱えの能役者ですが、主役ではなく、脇役の家に生まれた人間です。当時の人々は、生まれながらの“分”や“家”に縛られる部分があり、そこから脱却していったのが、蔦重と田沼意次(渡辺謙)でした。実はそれは、この作品の大きなテーマでもあるので、脇役の家に生まれた十郎兵衛も、内心では主役に憧れたり、「もっと面白いことをやりたい」という欲があったりする方がいいのではと。でも、それをあからさまに出すわけではない。それは、治済とは真逆の人物像でもあるので、生田さんに演じて頂けたらさらに面白くなるはずだと。森下さんや大原(拓/チーフ演出)とそういう話をした上で、生田さんにもお伝えしました。
-治済に対する仇討ちのため、対立関係にあった蔦重と松平定信(井上祐貴)がタッグを組む展開にも驚かされると同時に、思わず胸が熱くなりました。
藤並 白河藩に戻った後の定信は、それまでとは打って変わって、大田南畝や山東京伝に本を書かせているんです。元々、定信は自分で『大名形気(だいみょうかたぎ)』という黄表紙を書くほどの黄表紙好きで、絵や文学に対する造詣も深いので、(治済をおびき出すために使われた)『一人遣傀儡石橋』のようなものも書きそうだ、という話が出て。さらに、老中の任を解かれた後は蔦重とも共通項が生まれ、お気に入りだった恋川春町(岡山天音)や朋誠堂喜三二(尾美としのり)を自分のせいで失った悲しみから、贖罪(しょくざい)の思いもあるのではと。そういうところから森下さんが、2人がタッグを組む展開を考えてくれました。
-蔦重と定信は歩調を合わせたように暴走するなど、2人が対になる描き方をされていた印象もあります。そう考えると、蔦重と定信が共に不遇な時期を過ごしていた前半も、その伏線だったのでは…と思えてきます。
藤並 蔦重と定信が同時に暴走するアイデアは、森下さんと「人は偉くなると、周りが忖度(そんたく)したり、頑固になったりする」と話す中から生まれたものです。人間誰しも、そういう負の部分が出てくることを描いた方がいいのではと。ただ、そのときも蔦重には妻のてい(橋本愛)など、苦言を呈してくれる人がいるのに対して、定信の周りにはいなかった、という対比は意図していました。寺田心さんが演じた少年時代の定信が不遇な時期を過ごした頃は、蔦重とのリンクを意識していたわけではありませんが、結果的にそうなったのかなと思います。
-その点、横浜さんと同い年の井上祐貴さんが定信を演じたことにも、キャスティングの妙を感じました。成長した定信役に井上さんを起用した理由を教えてください。
藤並 僕と森下さんと大原は、「大奥」(23)で井上さんとご一緒したことがあります。そのときも、繊細で堅物のような役を演じていただいたので、今回の定信にもぴったりだろうと。また、井上さんが横浜さんと同い年なのは偶然ですが、若い井上さんが渡辺謙さんや(徳川治貞役の)高橋英樹さんといったベテラン俳優の方々と共演する中で、意識的に強く出ないといけない部分が定信と重なれば、リアリティーが出て面白いのではないかと。井上さんは、その期待に十分応えてくださったと思います。
-貴重なお話をありがとうございます。それでは最後に、蔦重を1年間演じ切った横浜流星さんの印象を教えてください。
藤並 今年は「べらぼう」と並行して映画『国宝』の公開もあり、俳優としての評価がさらに高まったことで、横浜さんの自信にもつながったのではないでしょうか。時代劇というジャンルも、身体的なポテンシャルを含め、横浜さんに合っていると感じましたし、後半は実年齢を超えた蔦重を演じる難しさもあったと思いますが、声の出し方や立ち振る舞いを含め、丁寧に表現してくださいました。さらに今回は、今まであまりなかった太陽のように明るい役を演じていただきましたが、横浜さんの笑顔もファンを引きつける魅力の一つです。「べらぼう」を通じて、その魅力をより広く伝えられたと思っています。
(取材・文/井上健一)







