(C)NHK
NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語も、残すは12月14日放送の最終回「蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)」のみとなった。この1年、蔦重の相棒的存在として物語を盛り上げてきたのが、天才絵師・喜多川歌麿だ。演じる染谷将太が、最終回前(※取材当時)に歌麿役に没頭した収録を振り返ってくれた。
-1年間、視聴者を魅了してきた「べらぼう」。まずは、収録を終えたときの心境をお聞かせください。
とにかくホッとしました。1年近い収録の間、とても濃密な時間を過ごしていたので、無事に終えられたという安心感もあって。僕のクランクアップも、キャストの皆さん勢ぞろいで、(織田信長役で)燃える炎の中で孤独に終えた「麒麟がくる」(20~21)のときとは違ったお祭り感がありました。
-振り返ってみると、染谷さんの演じた歌麿は人間的魅力にあふれ、物語を大いに盛り上げました。お芝居について歌麿の実際の絵からインスピレーションを得た部分も多かったと聞きますが、役作りはどのようにされたのでしょうか。
最初にお話をいただいた時点では、まだ台本がなかったので、“人となり”を感じ取ろうと歌麿の絵を見て想像を膨らませていました。そうしたら、平面なのに非常に奥行きの感じられる絵で、それぞれの作品からものすごく想像力をかきたてられて。しかも、「この女性は寂しいのかな?」、「この人はうれしいのかな?」などと、描かれている人の感情まで想像できたんです。だからきっと歌麿は、人の気持ちを自分の中に落とし込める、人を見る才能のある繊細な方だったんだろうなと。
-その後、台本を読んだときの印象はいかがでしたか。
絵だけで想像していたときは漠然としていたものが、台本を読むことで、自分の中で点と点が結ばれていくような感覚になりました。台本でも歌麿は繊細で複雑な感情を秘めた人間として描かれていたので、それまで絵を見て想像していたものと、違和感なく結びつけることができました。
-実際のお芝居では、蔦重役の横浜流星さんと相対する中から引き出されるものもあったのでしょうか。
蔦重と目を合わせることで引き出される感情も多く、とても有意義で楽しい時間でした。逆に感情をかき乱されることも多かったのですが、歌麿はそうやって蔦重とかかわる中で成長していくので、流星くんからエネルギーをもらっていた感じもあって。だから、流星くんのお芝居を素直に受け止めることは、自分の中で大事な作業の一つでした。2人で相談しながらお芝居を作っていくことも多かったですし、流星くんは常にベストな表現を考え抜いていたので、本当に助けられました。
-横浜さんとの共演で特に印象的だったシーンを教えてください。
僕にとって「べらぼう」のスタートラインとなった、成長した唐丸(=歌麿)が蔦重と再会するシーン(第18回)です。少年時代の唐丸(渡邉斗翔)と蔦重のシーンはオンエアで見ていましたが、実際に自分が蔦重と対峙(たいじ)することで、一筋縄ではいかない2人の微妙な関係性を肌で感じることができて。だから、その後も演じる上では、そのときの気持ちを忘れないようにしていました。
-歌麿を演じる上で特に苦労したことはありますか。
やっぱり、絵です。今回、絵師役の皆さんはそれぞれ練習を重ね、吹き替えなしで描いていますが、歌麿は特に量が多く、要求されるレベルも高くて。有名な絵を実際に描かせていただくという緊張感も大きかったですし。しかも、筆は扱い方が難しく、少しでも手が震えると、それが筆先に出てしまうんです。だから、体重のかけ方などにも気を遣う必要があり、描きながらお芝居するのは、本当に苦労しました。中でも、子どもの頃から教科書で見ていた『ポッピンを吹く娘』を描いたときと、写楽の絵を自分で清書したときは、とても感慨深かったです。
-ご自宅でも絵の練習をされたそうですね。
台本が来るたびに絵を担当するチームとの打ち合わせがあり、練習用の絵が並んだ計算ドリルのようなプリントを数十枚いただくので、それを自宅に持ち帰り、宿題のように繰り返し描いて練習していました。
-歌麿は、心情的につらい場面も多かったですが、精神的な苦労はありませんでしたか。
つらい場面は多かったのですが、その分、友人も含めて多くの方が「歌麿は大変だよね。大丈夫?」といたわってくれました(笑)。苦しい場面も、それを表現する作業自体は楽しかったので、やりがいもありましたし。それはやっぱり、大変なことを楽しむことのできる「べらぼう」の世界観があったからだと思います。
-特に、最愛の妻・きよ(藤間爽子)が亡くなったとき(第38回)の歌麿が悲しむ姿は、強く印象に残っています。
きよが亡くなることはあらかじめ知っていましたが、あまりに早すぎたのと、それまで一緒のシーンがすごく切なく描かれていたので、台本を読みながら涙がこぼれるくらいショックでした。2人のシーンは多くなかったのですが、その分、一つ一つが濃密で、そこだけ抜き出しても一つの短篇になるのでは、というくらい丁寧に描かれていましたし。藤間さんも、口のきけないきよを、動きと表情だけで感情豊かに表現されていたので、ものすごく心を動かされ、亡くなるときは、本当に「行かないでくれ!」という気持ちになりました。
-きよが亡くなった後、歌麿がその姿を絵に描き続けるシーンは鬼気迫るものがありました。
きよの死を受け入れられず、絵に描き続ける歌麿を、蔦重が止めるシーンは流星くんと話し合いながら作ったので、とても印象に残っています。蔦重の指示できよの遺体が運び出された後、畳に残った跡に縋りつくお芝居は、台本にはなく、リハーサルで布団を取り除いたとき、ふと目に入り、思わず出てしまったものです。スタッフの皆さんが作り上げてくださったそういう表現も相まって、壮絶なシーンになりました。
-1年間歌麿を演じ切った経験は、ご自身の中でどんなものになりましたか。
すごく不思議な経験でした。演じる中で、今までにない感情が湧きあがってくることが多くて。歌麿は怒ったり、泣いたり、笑ったりと、忙しなく過ごしてきましたが、「怒り」といっても一言で「怒り」と言い切れない感情だったり、蔦重に対する愛情もどんな愛情なのか処理しきれなかったり…。それは、今まで感じたことがなかったもので、役者としても、一人の人間としても、とてもいい経験をさせていただきました。
-それでは最後に、視聴者へのお言葉をお願いします。
最終回も、「これぞ『べらぼう』!」という結末が待っています。蔦重が面白いものを世に送り出そうとする姿勢と、この「べらぼう」という大河ドラマが視聴者の皆さんの力になるものを送り出そうとする姿勢が、自分の中でリンクするような感じもあって。「べらぼう」自体も蔦重が作ったのでは…と思えるような、ある種の“たわけ感”や面白さが感じられると思います。ぜひ最後の最後まで楽しんでいただけたらうれしいです。
(取材・文/井上健一)







