アマチュアからプロ棋士に! そんな史上初の偉業を成し遂げた瀬川晶司五段の自伝的作品を、松田龍平主演で実写映画化した『泣き虫しょったんの奇跡』(監督:豊田利晃)。
彼はなぜ一度は諦めた将棋の世界に戻ろうと思ったのか? なぜ奇跡は起きたのか?
その真相について、瀬川五段本人と、同じようにアマチュアからプロ棋士になった今泉健司四段に映画と照らし合わせながら語ってもらいました。
『泣き虫しょったんの奇跡』は、プロ棋士になるという幼少期からの夢をかなえるためにプロ棋士養成機関の「奨励会」に入った主人公の晶司(松田龍平)が、「26歳までに四段に昇格できなければ退会」という規定で一度は夢を絶たれながらも、親友や周りの人たちの応援を受けて再び立ち上がり、アマチュアからのプロ編入を果たした感動のトゥルー・ストーリー。
そこで原作者にして主人公のモデルでもある瀬川晶司五段と、彼の背中を見つめ続けて自らもプロになった今泉健司四段に、映画や実体験と絡めながら、将棋の世界のことから「夢を現実のものにする秘訣」までをたっぷり語っていただきました。
奨励会は「26歳の誕生日までに四段になれなければ退会」という鉄の掟がある
――奨励会には「26歳の誕生日までに四段になれなければ退会」という鉄の掟がありますが、これはなぜ26歳なんですか。
瀬川 これにはいろいろな説があります。昔は年齢制限がなかったみたいですけど、それだとズルズルと続けてしまう人がいるから、26歳で退会ということになったようです。
――30歳でも20歳でも25歳でもなく、26歳という微妙な年齢になったのは?
瀬川 いまは26歳ですけど、31歳の誕生日までというときもありましたし、その年齢には深い理由はないですね。
今泉 ないと思いますけど、見切りをつける年齢としてはいいラインじゃないでしょうか。将棋はどうしても未練が残ったり、夢にすがりつくような感覚があって、続けたくなっちゃいますから。
―ー映画『泣き虫しょったんの奇跡』で瀬川さんを演じられた主演の松田龍平さんは、「26歳で退会しなければいけないというルールは優しさなのか残酷なのか、どっちなんでしょうね」と言われていました。
瀬川 僕は年齢制限は見切りをつけさせてあげる優しさなのかなと思うけれど、年齢制限をなくして、本人の責任にすべてを任せてもいいような気がします。将棋もそういうゲームですから。
26歳で、もう一度別の世界でやり直すのはけっこう大変
今泉 僕は年齢制限を設けるなら、もう少し制限する年齢を若くしてもいいのかなとは思いますね。
――26歳で、もう一度別の世界でやり直すのはけっこう大変でしょうからね。
今泉 現実的に大変ですからね(笑)。でも、そういうことをある程度分かっている人は早めに自分に見切りをつけて去っていきますし、リミット的にはいいところなんじゃないでしょうか。
18局やって13勝とか14勝とかが昇段のライン
――26歳になるまでに四段になるにはどうすればいいのでしょう?
瀬川 三段リーグ戦で上位2名に入ればいいんです。だから、何勝すればいいという形ではないんですけど、だいたい18局やって13勝とか14勝とかが昇段のラインになりますね。
――三段リーグ戦はどのぐらいのサイクルで行われるんですか。
瀬川 半年に1期、三段リーグ戦が行われて18局指すので、たぶん40人ぐらいと戦うことになります。その中で上位2名に入らなければ昇段できないので、だいたい14勝4敗ぐらいのラインが必要になりますね。
――おふたりの戦績はどんな感じだったんですか。
瀬川 僕はあまり大したことないです(笑)。最高で10勝8敗だったので、昇段のラインに届かなかったんです。
今泉 僕は一応次点が2回あって。いまは次点を2回とるとフリークラスというところに上がることができるんですけど、僕のときはそういう制度ができてなかったんですよ。
だから、僕は制度に泣いたと言えば泣いたのかもしれないです。
瀬川 上位2位までが昇段なんですけど、3位もいまは次点扱いで、次点を2回とればプロの資格が得られるんです。
今泉くんは次点を2回とっているので、いまの制度だったらプロになれたんですけど、当時はその制度が確立されていなかったんです。
今泉 でも、そういうことってありますからね。不公平みたいなことはどうしても起こるし、文句があるなら、ちゃんと2位までに入ればいいんだから。
我々の業界はそういうところなんです。勝てばいいんだよってことだし、それは仕方がないことだといまは思います。
――プロの棋士になられたから言える言葉ですね。
今泉 でも、いまとなっては、そういう試練も必要だったんじゃないかなと思わなくもないです。
奨励会を去らなければいけなかったときの気持ちとは?
――26歳までに四段になれなくて、奨励会を去らなければいけなかったときはどんな気持ちでしたか。劇中のしょったん(晶司)のように、すべてがゼロになった感じだったのでしょうか。
瀬川 そうですね。大学にも行かずに将棋ばっかりやってきて、結局何も残らなかったので、すべてが無駄になってしまったなという気持ちでした。
今泉 だから、しょったんが泥の中に埋もれていくという彼の心象を表したシーンがすごくよかったですね。
ただ、僕はあれとはちょっと違って、完全なる虚無状態でした。
周りの人たちに迷惑をかけるから死ぬ気はなかったけれど、とにかく消えたかった。でも、消えられない。最後の対局に負けたときなどは、3日間動けなかったです。
1年近くはずっと引きこもっていた
瀬川 僕も将棋をやめて、1年近くはいまで言うニートみたいな感じで、ずっと引きこもっていましたね。
――映画には昇段に関わる重要な対局が2回出てきますが、あのあたりのディテールは事実に忠実なんですか。
瀬川 大戦したのは事実です。映画で新井浩文さんが演じている清又勝のモデルになった勝又清和さん(現:六段)も年齢制限のプレッシャーでけっこう精神的に追いつめられていて、対局中にトイレに行きたくなっちゃうというあの描写も事実です。
確か僕が8勝1敗ぐらいで、勝又さんも7勝2敗ぐらいのときの出来事でした。
――映画のように対局の途中でトイレに立ったり、相手の後ろに回って将棋盤を見たりするのはやっていいんですか。
瀬川 相手側に回るのは、あれは映画の演出です(笑)。
――トイレに立つのはいいんですか。
瀬川 ダメというルールはないですけど、マナー的にはよくないはないですね。勝又さんも実際には立たれていません。
――でも、あの対局がプロになれたか、なれなかったのかの分かれ道だったと思います。あそこではなぜ勝つための最後の一手が指せなかったんでしょう?
瀬川 あのときの僕は自分の方が強くて、形勢もいいと思っていたから、別に指す必要はないと考えていたんです。それに指しても指し返されていたかもしれないし、そんなに深い理由はないです。
――映画では、永山絢斗さんが演じられた新藤和正に「指していたら四段になれたのに」と言われますが……。
瀬川 現実は、あそこで勝ってもそこで昇段が決まるわけではないんです。
――ただ、大事な対局のひとつだったことは間違いないと思います。あの最後の大事なふたつの対局を勝てなかった理由は何だったと自分では分析されてますか。