徳川慶喜を演じる松田翔太

 物語を盛り上げるには、魅力的な敵役(悪役とは限らない)の存在が欠かせない。今さら言うまでもないセオリーだが、NHKの大河ドラマを見ていると、改めてその重要性に気付かされる。近年も「真田丸」(16)の徳川家康(内野聖陽)や、「おんな城主 直虎」(17)の寿桂尼(浅丘ルリ子)などが、主人公の前に大きな壁となって立ちふさがってきた。そして、現在放送中の「西郷どん」で、倒幕を目指す西郷吉之助(鈴木亮平)の仇敵となったのが、松田翔太演じる徳川慶喜だ。

 物語の前半、将軍・徳川家定(又吉直樹)の後継者争いが繰り広げられた頃、慶喜は島津斉彬(渡辺謙)らによって次期将軍候補に擁立され、吉之助と行動を共にしていた。だが、外国の圧力によって幕府が弱体化すると、体制の維持に固執し、人々のためにこそ国はあるべきだと考える吉之助と敵対する。

 御三家・水戸徳川家の血筋に生まれながら、“ヒー様”として町人風の装いで江戸の町へと繰り出すフットワークの軽さと、「将軍になどなりたくない」と公言する自由奔放な性格。熱血漢の吉之助とは対照的なつかみどころのないキャラクターは、見事な存在感を放っていた。

 とはいえ、慶喜の「徳川を頂点とした藩幕体制を維持する」という考え方は、当初から基本的に変わっていない。むしろ変わったのは、さまざまな経験を経て、倒幕を決意した吉之助の方だ。だが、主人公である吉之助の視点で物語を捉える視聴者の目には、あたかも慶喜が闇に落ちた結果、敵対することになったように映る。

 この点に関して、当サイトのインタビューで語った松田の言葉が興味深い。「慶喜には影のある雰囲気が漂いますが、演じる上で心掛けていることは?」との問いに、次のように答えているのだ。

 「悲しさや影のある雰囲気というのは、自分からは出さないようにしています。(中略)むしろ、裏がありそうなお芝居をするよりは、ストレートにやった方が、見ている人が考えてくれる。そうすると、慶喜の強がりが悲しそうに見えてきたりするんです」。

 この言葉にハッとする人は多いのではないだろうか。つまりこれは、吉之助目線で見る視聴者が、慶喜への見方を変えることを計算した上で、あえて芝居を変えずに演じていることを意味するからだ。

 だが、それができるのも、懐の深い演技力があればこそ。CMで演じる桃太郎役を筆頭に、コメディータッチの作品では軽妙な芝居を披露する。その一方で、『ディアスポリス -DIRTY YELLOW BOYS-』(16)などのハードなドラマでは引き締まった表情を見せる。また、大河ドラマのファンであれば、「篤姫」(08)で演じた徳川家茂のりりしい将軍ぶりを思い出す人も多いだろう。見る者を惑わす慶喜のつかみどころのないキャラクターは、役ごとに多彩な表情を見せる松田ならではだ。

 全身全霊をかたむけて吉之助を熱演する鈴木と、それを懐の深い芝居で受け止める慶喜役の松田。対照的な2人の演技のぶつかり合いが、明治維新に向けて加速していく物語を、さらに盛り上げてくれるに違いない。(井上健一)