2026.5.20/大阪市中央区のセレンディクス大阪事務所にて
子どもの頃から変わり者といわれ、ときに大胆な行動や意思決定を重ねてきた飯田國大さんだが、そういうタイプこそが「起業家」に向いているのかもしれない。飯田さん自身、「私はゼロイチが得意なんです」と語るが、専門知識なしにいろいろなジャンルの事業を成すことは常識ではなかなか考えにくい。おそらく、それを可能にしているのは、簡単に諦めない事業に対する情熱と既存の考えに捉われない自由な発想なのだろう。
(本紙主幹・奥田芳恵)
社会に寄与する経営者に変わらなくてはならない
飯田さんは、デジカメプリントサービスで起業した後、海外で液晶ディスプレイの技術ライセンス事業に携わり、さらにラオスで現地法人を設立されます。ラオスにはどんなきっかけで進出されたのでしょうか。
30代後半になり、自分の仕事に自信を持てるようになったのですが、日本の市場は人口減少もあって、あまり伸びていく兆しはありませんでした。私が頑張ったところで、国内市場だけでは大きな成長は望めないと思い、成長している国でビジネスを展開しようと考えたのです。
それが、なぜラオスだったのでしょうか。
日本工営の創業者で、土木技術者の久保田豊さんの話を知ったのがきっかけです。久保田さんは水力発電の専門家で、東南アジアなどの発展途上国でインフラ開発に寄与した人です。その中でも、ラオスのナムグムダムは福岡市ほどの面積を誇る巨大なもので、その売電事業によって、貧しかったラオスは外貨の40%を稼げるようになりました。これは単なる海外進出にとどまらない途上国への国際協力で、自分もそういう経営者にならなければいけない、変わらなければならないと感じました。
そのラオスで、飯田さんはどのような事業を展開されたのでしょうか。
農業プロジェクトと水力発電の支援です。
ラオスでのビジネスは、思い描いた通りに進みましたか。
ある程度はうまくいったのですが、限界を感じました。ラオスの人口はおよそ700万人で、日本の15分の1くらいしかありません。そうした中で、社会をよくするという部分でも非常に小さなビジネスしかできないと感じて、日本に戻ることにしました。
ただ、家内が開いたレストランとケーキ屋さんはその国で一番になったんです。その程度の規模といえばそれまでですが、大きなビジネスにできなかったことについては葛藤がありました。
それで日本に戻り、セレンディクスを設立されるわけですが、そこまでの経緯は?
ラオスでは、日本企業とともに高級コンドミニアムの開発も行い、この事業も成功していました。そうした中、後に共同創業者となる小間(裕康氏)がラオスの市場調査にやってきたのです。小間はそれまでやっていたEVスポーツカーの事業をイグジットするタイミングでした。
そこで私は、クルマのビジネスで成功したのだから今度は住宅のビジネスを一緒にやらないか、3Dプリンターを使ったロボット化で古い住宅ビジネスを革新しないか、と小間に提案したのです。
住宅建築のロボット化によって間接コストを大幅に削減する
3Dプリンターを使った住宅ビジネスも容易でない事業だと思いますが、これもかつて政治家志望だったことや社会をよくしたいという飯田さんの思考とリンクしているように思います。
そうですね。次のビジネスについては個人の成功ではなく、社会をよくすることにつなげたいと思っていました。よく「スタートアップは課題解決だ」と言われます。つまり、スタートアップが既存事業の延長線上のビジネスをしても意味がないということですね。
はい。課題解決が企業の存在意義ですね。
課題解決というのは、実は「国民の怒り」を解消することです。大きな問題に取り組むことは、それだけ大きなビジネスチャンスでもあるわけです。
ここでの国民の怒りというのは?
長期間にわたる住宅ローンです。セレンディクスではこの問題を解決するために、クルマを買う値段で家を買える新しい社会をつくろうと提唱しています。もちろん、初めは誰も信じてくれません。でも、そのメッセージ性が強いため、共感してくれる人は多かったのです。すると、この怒りを解決するためにいろいろな人が協力してくれるようになりました。これが大きな力になり、私たちは国民の怒り解消の後押しをしてくれる人がたくさんいることに気付くわけです。
住宅価格が半額になるだけでもインパクトがあるのに、それをはるかに下回る価格でつくりあげることの意味はどこにあるのでしょうか。
自動車産業は、40年以上前から製造工程の多くをロボット化しています。それまでの自動車は職人が1台1台仕上げていたため、一部のお金持ちしか乗ることができなかったわけですが、このロボット化によってコストダウンが可能になり、一般大衆に広く普及しました。
だから、住宅も製造工程のロボット化によって、自動車並みの価格で買える時代がやってくる、それが実現すると私たちは思っているんです。
そして、住宅を24時間でつくることにこだわりを持っていらっしゃいます。
なぜ住宅のコストが高いのかといえば、例えば、現場に職人が半年間通うからです。そうして毎日、経費が積み重なるわけです。それに対して、私たちは24時間でつくる、1日8時間×3日間で終わると、間接コストの99%がなくなるんですね。それが24時間へのこだわりです。
ただよく誤解されるのは、全てを24時間で完成させると思われることです。いまはまだ、現場の施工を24時間で完了させることにとどまっています。その前工程のプリントの部分は5日間ほどかかり、後工程の内装については1週間から1カ月ほどかかります。でも将来的には、24時間で全ての工程を完成させたいと思っています。
今後の展望について教えてください。
やはり、まずは内装のロボット化を実現し、30年の住宅ローンなんていう社会を壊すことですね。現在の協力企業は347社あり、無償で共同開発に協力していただいています。最初は小さく始めても、雪だるまのようにこの事業を大きくしていきたいと思っていました。実際、そういう方向に近づいていると感じています。
それから個人としては、仕事で間違った判断をしないためにもバランスのとれた生活を心掛けています。いま住んでいるのは、福岡市からクルマで90分の築150年の古民家で、山や田んぼに囲まれながら、家族と過ごす時間を大事にしています。以前、テレビ番組の「ポツンと一軒家」の取材も受けたんですよ。
社会をよくするためには、仕事一辺倒ではなく、家族との時間を充実させることも必要なのですね。本日は興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
こぼれ話
「3Dプリンターで家をつくるなんてすごい発想ですね」。対談を聞きながらシャッターを切っていたカメラマンから思わず声が出る。3Dプリンターで作成したミニチュアの模型をコンコンと叩いたり、中を覗いたりしながら、私は耐久性や防音に関する疑問を投げかけた。飯田國大さんは、よどみなく自信たっぷりに解説してくれた。もちろん、どれも優れているのだそう。
これまでの業界区分や企業間の関係が変化し、多様化した現在においては、既存のビジネスエコシステムで、ものづくりを考えていては価値提供が十分にできない場合がある。顧客に最適な体験を提供することに向けて、業界の壁を越えて幅広い製品・サービスを融合させていくことが必要となる。固定的なバリューチェーンではなく、専門分野に特化した多種多様の価値提供者が各レイヤーにおいて共創することが求められる。
今、価値を創造する仕組みが大きく変わっている中で、それを実践している飯田さんのお話を聞くことができたことは、とても大きな学びにつながった。どのレイヤーは誰に任せ、自社は何にフォーカスするのか。セレンディクスが自信を持ってフォーカスするのは、3Dプリンターで住宅をつくる「データ」だ。その決定は潔く見えた。
セレンディクスは、住宅メーカーとは戦っていない。競争相手ではなく、共創相手だ。サプライチェーンの各工程を一貫して自社で保有するような統合型の企業であれば、そうはいかない。オープンイノベーションが、スピードと革新的な製品を生むのに欠かせない。また、300社以上の企業と連携できるのは、飯田さんの企業理念が「国民の怒り」に根ざしているからだ。お話を聞きながら、現在のものづくりや企業の在り方について、改めて考えるきっかけを得た。
セレンディクスのデータは日本を飛び出して、海外でも3Dプリンターがある場所で価値を発揮する。飯田さんは、国を大きくするどころか、世界中の人々の人間らしい生き方を支える存在ではないだろうか。さらに協力の輪が広がることを期待している。
(奥田芳恵)
心に響く人生の匠たち
「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
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※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。







